2026年6月24日水曜日

“Da vicino nessuno è normale”(近づいてみれば、誰もまともな人はいない)

観てきた。

いい映画だった、と思う。
 ガンで余命幾ばくもない日本人女性と介護施設で理想を追求するフランス人女性が正常と異常、演者と観客、内部と外部などの「境界」を溶解させ、また、「ケアと社会の矛盾」などの問題に直面していく3時間15分の映画である。
 「日本人」「女性」が片隅に平面的に描写されがちの国際舞台の映画界において、日本人女性が理知的な感じで主人公として描かれていたシナリオは評価したい。
 思想的に取り上げられているのは、最近日本でも紹介されはじめたユマニチュードとイタリアの精神病院の解体。ユマニチュードの中核は「みる、ふれる、はなす、たつ」ー相手の視界に入ってみる、視界に入らないときにはやっていることを実況中継する、寝たきりにしないでできるだけ自立歩行してもらう。精神病院の解体の方の中核は「“Da vicino nessuno è normale”(近づいてみれば、誰もまともな人はいない)ー 「正常と異常」「狂気と理性」という社会が勝手に引いた境界線をなくし、同じ人間として地域で共に生きる。
 あと、そうマルクス主義 資本主義は田舎や貧困層、グローバルサウス、自然など「外部」を作り出しその資源や労働力を搾取していくんだ、と。
 映画シナリオの「鉄則」“Show, don’t tell.” からいうと、tell が多すぎかな。
登場キャラに思想がないと、展開も面白くない。で、その思想をすべてshowだけで済ますわけにもいかなので、セリフでの思想展開するのもいいが、この映画だとちょっと多すぎかな。
 NHKの教育テレビ的な印象もうけた。
 黒崎煌代さんの重度自閉症の演技はよかった。『ギルバート・グレイプ』(What's Eating Gilbert Grape, 1993)のレオナルド・ディカプリオさんを彷彿とさせた。
 

  常識的な応答じゃないか?  日本昔話も知恵や教訓に満ちている。文字通りとらないでその時代地域に特有のものはそのようなものとして普遍的なものだけ抽出してありがたがればいい。 Grok
  • 出典:この話は主にイブン・イシャークの『預言者伝(Sira)』(8世紀)に由来します。キナーナがバヌー・ナディール族の財宝の隠し場所を明かさなかったため、ズバイルに火で拷問させ、後に殺害し、その妻サフィーヤを娶ったという内容です。タバリーの歴史書などもこれを引用しています。
イスラム教徒の間ではこの物語の真正性に異論が多く、六大ハディース集(ブハーリーなど最権威あるもの)では拷問の部分は出てこず、処刑のみの言及がある程度です。一部ではイブン・イシャークの伝承の信憑性が低いとされ、火刑は預言者が禁じていたとするハディースとも矛盾すると指摘されます。
処刑の理由として伝統的に挙げられるのは、キナーナがムスリムの戦士(Mahmud ibn Maslama)の兄弟を殺害した報復、という点です。財宝隠匿をめぐる拷問はイブン・イシャークの『預言者伝(Sira)』(8世紀、連鎖が弱いとされる伝承)やタバリー史書に由来するもので、真正ハディースでは支持されていません。
イスラム教徒は真正でない、とみている人がおおいわけだね。
Spicaさんがリポスト
原因は年齢で負担が偏っているため
老齢年金とか社会福祉が低いせいもあるんじゃないの?

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“Da vicino nessuno è normale”(近づいてみれば、誰もまともな人はいない)

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