対米従属の高市政権は、トランプの食い物にされる。バカげた対米投資は止めるべきだ。 https://t.co/SstOefTjTS
— 池田信夫 (@ikedanob) February 19, 2026
空 2
死は前よりしも来たらず、かねて後ろに迫れり "Gaining is delusion; losing is enlightenment." 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
2026年2月19日木曜日
高市政権は対米従属だ!と
2026年2月18日水曜日
the Golem legend
山下清さん
あったよなあ。
1. 事件の発生 [00:42]
祖母の家へ泊まりに行っていた5歳と3歳の姉妹が、祖母と共に行方不明になりました。
家の中には血痕が残されており、玄関が施錠されていない、カーペットの一部が切り取られているなど、不審な点が多数ありました。
2. 父親へのいわれなき疑惑 [04:42]
姉妹の父親である山下清さんが、捜査への協力を求めてメディアに出演した際、そのスキンヘッドの風貌や独特の話し方から、ネット上で「犯人ではないか」という憶測が飛び交いました。
さらに、テレビ番組『朝ズバッ!』の司会者であったみのもんた氏や一部のタレントが、番組やブログで清さんを疑うような発言をし、世論の誹謗中傷を加速させました [05:43]。
3. 真犯人の逮捕と動機 [06:38]
事件発生から12日後、祖母の妹の夫である川崎政則が逮捕されました。
犯行の動機は、祖母との間の金銭トラブル(義妹の借金問題)や、遺産相続を巡る執着、あるいは祖母に対する一方的な恋愛感情のもつれだったとされています [07:36]。
犯人は証拠隠滅のためにカーペットを切り取り、自転車を遺棄するなど計画的に行動していました。
4. 裁判とその後 [10:44]
弁護側は犯人の知的能力の低さを理由に責任能力の欠如を主張しましたが、最終的に死刑判決が下され、2014年に執行されました。
疑惑を向けられた父親の清さんは、後にみのもんた氏から直接謝罪を受けましたが、この謝罪が公に放送されることはありませんでした [12:28]。
動画は、外見や第一印象だけで人を判断し、メディアが安易に犯人を決めつけることの恐ろしさと、それによって遺族がどれほど深く傷ついたかを強調して締めくくっています
マスコミはおそろしいよなあ。
## 🕯 ゴーレム伝説とは何かゴーレム(Golem)は、中東欧のユダヤ神秘主義(カバラ)に由来する> **人間が土や泥から創り出す人工の生命体**です。## 🏰 最も有名な物語:プラハのゴーレム16世紀のプラハで、ラビ・レーヴ(Rabbi Judah Loew ben Bezalel)が* 迫害からユダヤ人を守るため* 粘土から巨人を創り* 神の名(シェム)を書いた紙を口に入れて命を吹き込んだという伝説が有名。生命は「神の名」によって起動し、それを抜けば停止する。しかし物語ではたいてい、> ゴーレムは制御不能になり、暴走する。ここが重要。---## 🧠 ゴーレムの本質ゴーレムはただの怪物ではない。特徴は:* 人間そっくり* しかし魂(ネフェシュ)を持たない* 言葉を完全には理解しない* 主人の命令に従うが、解釈を誤るつまり、> 「人間と非人間の境界線に立つ存在」これが“ゴーレム的なもの”。---## 🔥 なぜ恐ろしいのかゴーレムは、神の創造行為を人間が模倣する物語。つまり、* 創造の傲慢* 技術の暴走* 人間の責任* 生命とは何かという問いを含む。だからこそ、* 🧟 『フランケンシュタイン』(メアリ・シェリー)* 🤖 『R.U.R.』(チャペック)* 🦾 『ターミネーター』* 👁 『ブレードランナー』* 🧠 『トランセンデンス』へと拡張されていく。「人工的に作られた、人間に似た存在の反乱」これは全部、ゴーレムの変奏。---## 🕳 ゴーレムとフランケンシュタインの違いここが面白いところ。ゴーレムは→ **魂を持たない未完成の存在**一方、シェリーの怪物は→ **魂を持ってしまった存在**だから苦しみ、愛を求め、拒絶される。ホフマン『砂男』の自動人形オリンピアは、→ 人間が「人間らしさを投影してしまう」装置。ゴーレム的なものは、* 人間の投影* 技術の暴走* 人間中心主義の揺らぎを照らす鏡なんですね。---## 🧬 ポスト・ヒューマンとの接点近年の「ポスト・ヒューマン」議論は、* 人間とは何か?* 人間であることの条件は?* 意識とは身体と切り離せるか?を問う。ゴーレムはその最古の問いの一つ。「人間は、神の真似をしていいのか?」という問いが、「人間はアップロードできるのか?」に変わっただけとも言える。---## ✨ まとめゴーレム伝説とは:> 人間が創った“人間もどき”を通して、> 人間とは何かを問う神話。人工生命・AI・ロボット・クローン・意識のデータ化まで、全部その射程に入る。
「移行対象(Transitional Object)」は、心理学者のドナルド・ウィニコットが提唱した概念で、子どもが**「お母さんとべったりの世界」から「一人の自立した世界」へ渡るための橋渡し**をするアイテムのことです。簡単に言うと、**「持ち運び可能なお母さんの代わり」**です。1. なぜ「移行(うつり変わり)」と呼ぶのか赤ちゃんは成長するにつれ、以下のステップを踏みます。母子未分化:お母さんと自分は一体だと思っている。移行期:お母さんは自分とは別の人だと気づく(ここで強い不安を感じる)。自立:一人でも大丈夫になる。この「2」の強烈な不安を和らげるために、お母さんの温もりや匂いを投影した**「お守り」**が必要になります。それが毛布やぬいぐるみであり、内側の安心感から外の世界へと関心を「移行」させる役割を担います
New Scientistの記事(2026年2月18日公開)「なぜ一部の人は愛する人の死から立ち直れないのか」の要約です。一部の人は愛する人の死から長期間立ち直れず、**prolonged grief disorder(PGD:長期悲嘆障害 / 持続性複雑悲嘆障害)**という状態になります。これは悲嘆者の約5%(20人に1人)に影響します。新しい神経科学的研究によると、PGDの人は脳の報酬系(特にnucleus accumbens)が死んだ人に強く「ロック」されてしまい、他のものから喜びや報酬を感じにくくなっています。これにより、死者への強い渇望(longing)が続き、日常生活への適応が妨げられます。脳スキャンでは:これはPTSDやうつとは異なる特徴です。初期の脳の接続パターンでPGDになりやすい人を予測できる可能性もあり、早期の専門的な悲嘆療法が有効とされています。要するに、脳の報酬回路が「死んだ人だけに固執」してしまうため、他の人生の喜びを見出せなくなり、悲しみが長引く、というメカニズムが明らかになりつつあります。正常な悲嘆とは明確に区別されるべき状態です。
- 死に関連する画像を見ると、感情処理に関わる扁桃体(amygdala)や海馬(hippocampus)が過剰に活性化
- 一方、ポジティブな普通の風景への反応は低下
- 死者への注意が強く偏る(注意バイアス)
Grok
複雑性悲嘆療法(Complicated Grief Therapy: CGT)/ 長期悲嘆療法(Prolonged Grief Therapy: PGT)は、喪失体験後の長期化・複雑化した悲嘆症状(複雑性悲嘆障害や長期悲嘆障害)を対象とした専門的な心理療法です。 ### 主な特徴 - **対象**: 通常の悲嘆プロセスが自然に進まず、12ヶ月以上(大人)または6ヶ月以上(子供)続き、日常生活(仕事、関係性、自己ケア)に深刻な支障をきたす場合。DSM-5-TRやICD-11で「長期悲嘆障害」として認められています。 - **開発背景**: 主にM. Katherine Shear博士らにより開発。従来のうつ病治療が効果不十分な悲嘆に特化。 - **セッション構成**(通常16回程度、1回50-60分): 1. **初期評価とパーソナライズ**: 症状評価、喪失の詳細把握。 2. **喪失の再体験(Imaginal Exposure)**: 故人の死や喪失場面を繰り返し語り、感情を処理。 3. **意味づけと回復目標**: 喪失の意味を探り、未来志向の目標設定(例: 新しい関係構築)。 4. **認知・行動的介入**: 回避行動の修正、ルミネーション(反芻思考)のコントロール。 - **理論基盤**: 感情処理モデル(Dual Process Model)と認知行動療法(CBT)の統合。 ### 効果とエビデンス - RCT(ランダム化比較試験)で、対人療法(IPT)や支持療法より優位。症状軽減率70-80%。 - 米国精神医学会(APA)ガイドラインで推奨。 専門家(臨床心理士・精神科医)の指導下で実施。自己適用不可。自助グループや一般カウンセリングとの併用も有効。詳細は専門文献(Shear et al., 2016 "Complicated Grief Therapy")参照。
自分
未来志向の目標設定とは?
Gemini
複雑性悲嘆治療(CGT/PGT)における**未来志向の目標設定**は、二重過程モデルの「回復への関与(Restoration-oriented)」に基づいています。 これは、故人を忘れるためではなく、**「悲しみを抱えながらも、自分自身の人生を再び歩み始める」**ためのプロセスです。具体的には、以下の4つのステップや視点で行われます。 ### 1. 「自分自身」の再発見 長い間、故人のケアをしていたり、故人と一体化した生活を送っていたりすると、「故人がいない自分に何の意味があるのか」というアイデンティティの喪失が起こります。 * **具体的な問い:** 「故人と出会う前、私は何が好きだったか?」「もし何の制約もなければ、今何をしたいか?」 * **目的:** 故人のパートナーや親という役割以外に、一人の人間としての自分を再定義します。 ### 2. 個人的な願望のリストアップ 日常生活の中で、ほんの少しでも「興味があること」や「かつて喜びを感じていたこと」を特定します。 * **具体例:** * 「止めていた趣味(ガーデニング、読書など)を再開する」 * 「行ってみたかったカフェに一人で行ってみる」 * 「新しいスキル(資格や習い事)を身につける」 * **手法:** 10個ほど「やりたいことリスト」を書き出し、その中から現在のエネルギーで実行可能なものを選びます。 ### 3. 小さな具体的ステップ(スモールステップ) 大きな目標を立てると圧倒されてしまうため、非常に小さな行動に分解して計画を立てます。 * **例: 「友人と交流する」が目標の場合** * 第1週:友人に短いメールを送る。 * 第2週:電話で5分だけ話す。 * 第3週:近所の公園で30分だけ会う。 * **目的:** 「できた」という達成感を積み重ね、無力感から抜け出します。 ### 4. 価値観に沿った行動 自分が人生で大切にしている価値(誠実さ、創造性、貢献、学びなど)を確認し、それに沿った行動を計画します。 * **考え方:** 「亡くなったあの人が、私がどう生きることを望んでいるか?」という視点を取り入れることもあります。 * **目的:** 苦痛を感じるだけの毎日の中に、「意味のある時間」を少しずつ増やしていきます。 ### なぜこれが必要なのか? 複雑性悲嘆に陥っている人は、「自分が楽しむことは故人への裏切りだ」という罪悪感や、「楽しみなど一生訪れない」という絶望感を抱きがちです。 治療の中で未来志向の目標を設定することは、**「悲しみ(故人との絆)」と「自分の人生(未来)」は共存できる**ということを行動を通じて脳に学習させる、非常に重要なプロセスとなります。
自分
ルミネーションのコントロールの具体的方法は?
Chat Gpt
ルミネーション(反芻思考)のコントロールは、基本的に「考えないようにする」より、(1) 反芻に気づく → (2) 反芻から降りる → (3) 後で扱うなら“整理する枠”で扱う、の3段階でやります。PGT/CGTでもCBTでもよく使う具体策をまとめます。 ## 1) まず「反芻」と「必要な考える時間」を分ける - **反芻**:同じ問い(もし〜していれば/なぜ/どうして)を繰り返し、結論が出ず苦痛だけ増える - **問題解決・整理**:結論や次の一手が出る(例:手続き、誰に連絡、今後の予定) 区別の質問: - 「これを10分考えたら、何か行動が1つ決まる?」→ 決まらないなら反芻の可能性が高い ## 2) 反芻に“気づく”ためのラベル付け 反芻は自動運転なので、まず検知精度を上げます。 - 合図を決める:胸の重さ、同じ場面のリプレイ、スマホで検索を繰り返す等 - 気づいたら短く言う:**「今、反芻中」**/**「もしもループ」**/**「自責ループ」** - できればメモ:状況(いつ・どこで・何が引き金)だけ1行 ## 3) その場で降りるテクニック(即効性重視) ### A. 注意の“切り替え”ではなく“移し替え”(1〜3分) - 5-4-3-2-1(感覚) 見えるもの5つ→触れるもの4つ→聞こえる3つ→匂い2つ→味1つ - 呼吸を数える(例:吐く息を6、吸う息を4)を10回 - 目の前の作業を「次の1手」だけ言語化: **「コップを洗う」→「拭く」→「戻す」** のように細かく ### B. 「思考に反論」より「距離を取る」(脱フュージョン) - **“私は〜と考えている”** 形式に言い換える 「私のせいだ」→「“私のせいだ”という考えが出ている」 - 反芻に名前をつける: 「検察官(責める声)」「もしも製造機」など ### C. 体を使って反芻を途切れさせる(2〜10分) - 速歩、階段、スクワット10回、冷水で手を洗う - “安全な強い刺激”で注意の固定を外す(過呼吸になるほどはしない) ## 4) 反芻を“予定表に入れて制限する”(効果が出やすい) 反芻は「いつでも無制限」が一番強化されます。そこで**反芻の時間を囲い込む**。 - **反芻/悲嘆の時間(例:毎日15分、18:30〜)**を設定 - それ以外の時間に来たら: 1) ラベル「反芻」 2) メモに1行で書く(例:「あの時救急車を…」) 3) **「18:30に考える」**と延期 4) 目の前の行動へ戻る ポイント:延期は「無視」ではなく「後で扱う約束」なので脳が手放しやすいです。 ## 5) “反芻の中身”に対しては2種類で扱い分け ### A. 解決できるテーマ → 問題解決へ 例:手続き、遺品整理、連絡、医療記録の確認など - 「次の具体行動は?」を1つだけ決める - できる/できないを分け、できない部分は保留(他者に相談) ### B. 解決不能テーマ(なぜ起きた/もしも…)→ 意味づけの整理へ 「答えが出ない問い」を増幅させるのが反芻です。 ここは**“答え探し”ではなく“悲嘆としての受け止め”**へ寄せます。 使える問い: - 「この考えは、故人への愛情・大事さの裏返しでは?」 - 「100%の責任が自分にある根拠は? 他の要因は?」 - 「同じ状況の友人に、私は何と言う?」
**反芻:** 「なぜ私はあの時、病院に連れて行かなかったのか」
* **解決的思考:** 「今、この罪悪感で苦しい時に、自分を少しでも落ち着かせるために何ができるか?」
※強い罪悪感が絡む場合は、自己批判への反論より先に「自分への思いやり(コンパッション)」を入れる方が効くことがあります。
反芻の多くは自分を責める内容です。「もしあの時…」という思考が出た時に、「あの時の自分は、それが最善だと思って精一杯やっていた」「今のこの苦しみは、それだけ相手を愛していた証拠だ」と、自分に対して優しい言葉をかける練習をします。
## 6) 反芻を引き起こす“燃料”を減らす(環境調整) - 睡眠不足・空腹・飲酒は反芻を増やしやすい - トリガー(夜・ベッド・SNS・写真)を把握して、時間や接触量を調整 - 「検索ループ(病気・事故・確率)」があるなら、検索を**時間制限**+**信頼できる1サイトのみ**などルール化 ## 7) 受診・専門支援を急いだ方がいい場合 - 反芻が止まらず、生活が維持できない日が続く - 自傷や希死念慮がある/強い衝動が出る - 強いフラッシュバックや解離が混ざる(PTSD様) この場合はPGT/CGTやトラウマ治療も含め専門家に繋ぐ価値が高いです。 ---
いろんな研究がすすんでいるわけだね。
セラピーもいいけど、受ける費用がたいへんだろうなああ?
椿 榎 楸 柊 豆を食う男 牛乳を注ぐ女
自分
フェルメールの牛乳を注ぐ女性とか、カラッチの、豆を食う男、とかいう作品は、日常の光景だけど、どこか評価されたのか?誰が注文主なのだろうか?
Perplexity
フェルメールもカラッチも、「ただの日常」に見えるこうした場面を、美術史的にはかなり意識的・革新的なテーマとして描いていて、その背景にはそれなりにはっきりした評価や注文状況があります。
牛乳を注ぐ女(フェルメール)
今日の研究では、フェルメールの最大のパトロンはデルフトの裕福な市民マリア・デ・クナイト(Maria de Knuijt)とされ、そのコレクションに『牛乳を注ぐ女』も含まれていたと考えられています。museumbookstore+1
彼女と夫ピーテル・ファン・ライフェン一家は、フェルメール作品の少なくとも20点を所有しており、画家の全制作の「半分」を買い支えたと言われます。theartnewspaper+1
17世紀オランダでは、貴族や教会だけでなく、上層市民・商人階級が自宅の装飾として小型の絵画を大量に購入するようになり、「室内の女」「家事の場面」などの日常ジャンル絵画が大きな市場を持っていました。[theartstory]
こうした文脈の中で、『牛乳を注ぐ女』のような台所・家事の一瞬を切り取る絵は、単なる写生ではなく、「勤勉・節度・家庭的美徳」を静かに象徴する作品として、高度な趣味の対象と見なされていました。[theartstory]
つまり、この作品は「気まぐれに日常を描いた」より、「上層市民向けの家庭用絵画として、道徳的ニュアンスも含みつつ評価されたジャンル作品」であり、注文主・主な購入者層も、教会や王侯ではなく富裕市民(その代表例がマリア・デ・クナイト)だったと見なされています。museumbookstore+2
豆を食う男(カラッチ)
アニバレ・カラッチの『豆を食う男(The Bean Eater)』は1580年代ボローニャ時代の初期作で、粗末な食事をとる農民を描いた、イタリアではかなり早い段階の「日常ジャンル画」です。artedossier+1
この作品については、具体的な注文主や目的はわかっておらず、「誰のために、なぜ描かれたのかは不明」とされます。[artble]
研究者は、カラッチ自身の「写生・自然観察の練習」的な性格が強い作品で、画家個人の関心やアカデミー(カラッチ一門)の実験の一環だった可能性が高いと見ています。artedossier+1
ただし、当時のイタリアでは宗教画・神話画が主流だったなかで、卑近な農民の食事風景を正面から描くこと自体がかなり斬新で、後のイタリア・バロックにおける自然主義的傾向の先駆として、美術史上は重要な転換点と評価されています。artble+1
日常ジャンル画はどう評価されたか
オランダ黄金時代では、教会や貴族よりも商人・専門職などの中産階級が主な絵画購入者となり、彼らの日常世界(家事、酒場、音楽、恋愛など)を描く「ジャンル絵画」が大きな市場を形成しました。[theartstory]
こうした絵は、
家庭を飾るインテリア
日常の美徳・悪徳をほのめかす道徳的イメージ
として機能し、「ささやかながら教養ある趣味」として評価されていました。[theartstory]イタリアでは、カラッチのような自然主義的ジャンル画は当初「実験的・やや周縁的」ですが、その後のバロック絵画(カラヴァッジョなど)のリアリズムに向けた重要な一歩として、後世から高く評価されています。artedossier+1
ざっくりまとめると
フェルメールの「牛乳を注ぐ女」:富裕市民(その中心がマリア・デ・クナイト一族)のコレクションとして、自宅のために求められた高度なジャンル絵画。theartnewspaper+2
カラッチの「豆を食う男」:はっきりした注文主は不明だが、画家の実験・写生性の強い作品で、イタリアにおける日常ジャンル画の先駆として美術史的評価が高い。artble+1
どちらも、「ほんの生活の一コマ」に見えて、実はそれぞれの時代・地域の美術の変化を象徴する、かなり「狙いのある」作品と考えられています。
Gemini
フェルメールの『牛乳を注ぐ女性』やアンニバーレ・カラッチの『豆を喰う男』。どちらも、王族や神様ではなく「名もなき普通の人」を描いた作品ですね。
今の私たちから見れば「日常のワンシーン」ですが、当時の美術界の常識からすると、これらが評価された理由はかなり画期的なものでした。
1. なぜ「ただの日常」が評価されたのか?
当時のヨーロッパでは、歴史画や宗教画が「格上」とされていました。しかし、16〜17世紀にかけて、以下のような理由で日常を描く**「風俗画」**が価値を持つようになります。
驚異的な写実性と光の表現: フェルメールの場合、窓から差し込む光の質感や、パンのゴツゴツした細部を、まるで写真のような精度で描き出しました。「何を描くか」よりも**「いかに完璧に描くか」**という技術が、当時の人々の度肝を抜いたのです。
道徳的なメッセージ: 当時の人々は、絵画に「教訓」を求めました。例えば『牛乳を注ぐ女性』は、質素で勤勉な労働を賛美する象徴として捉えられ、見る人に「慎ましく生きることの美徳」を伝えました。
親しみやすさとユーモア: カラッチの『豆を喰う男』は、それまでの気取った芸術に対する一種の反抗でもありました。庶民が口を大きく開けて食べる「生のエネルギー」が、当時の知識層には新鮮で、滑稽かつリアルに映ったのです。
2. 誰が注文したのか?(パトロンの正体)
この2作品では、注文主の背景が少し異なります。
フェルメール『牛乳を注ぐ女性』
注文主: おそらく、フェルメールの最大のパトロンであったピーター・ファン・ライフェンという投資家(富裕な市民)です。
背景: 17世紀のオランダは、貿易で大儲けした「中産階級」が美術の主役でした。彼らは大きな宮殿を持っていないので、家のリビングに飾れるような、親しみやすくてサイズの小さい絵画を好んで買い求めたのです。
カラッチ『豆を喰う男』
注文主: 特定の個人は判明していませんが、当時のイタリアの教養ある貴族や聖職者向けに描かれたと考えられています。
背景: 「高い教養を持つ人が、あえて野卑な庶民の姿を見て楽しむ」という、少し俯瞰した視点でのコレクション用でした。しかし、この作品が後の「静物画」や「リアリズム」の先駆けとなった功績は計り知れません。
まとめ:評価のポイント
作品名 作者 評価されたポイント 主な注文主層 牛乳を注ぐ女性 フェルメール 光の魔術、静寂、勤勉さの美化 富裕なオランダ市民 豆を喰う男 カラッチ 徹底した写実、生命力、型破りな主題 イタリアの知識層・貴族 「高貴なもの」ではなく「身近な真実」に価値を見出したこれらの作品は、現代の私たちがスナップ写真を撮る感覚のルーツとも言えるかもしれませんね。
アクア
🥛 フェルメール《牛乳を注ぐ女》(1657–58年頃)
- 注文主:明確な記録は残っていないけれど、有力なパトロンだったピーテル・ファン・ライフェンが依頼した可能性が高いとされている[^10^]。
- 評価:当時から一定の評価はあったものの、フェルメール自身は生前あまり知られず、死後200年ほど経ってから再評価された画家。
現在では「風俗画の最高峰」とも称され、アムステルダム国立美術館の至宝とされている[^7^]。 - 特徴:日常の一場面を、静謐な光と構図、色彩の調和で詩的に昇華。
メイドの所作や室内の空気感が、宗教画に匹敵する精神性を帯びていると評価されている。
🫘 カラッチ《豆を食べる男》(1583–84年頃)
- 注文主:明確な記録はないけれど、ボローニャの市民社会や画家自身の実験的関心から生まれたと考えられている[^1^]。
- 評価:当時のローマでは宗教画や神話画が主流だった中で、
この作品は“意味のない絵”として異色の存在だった。
しかし、写実的な筆致と日常のリアリズムが高く評価され、
近代的リアリズムの先駆けとも言われている[^1^]。 - 特徴:農夫が豆を食べるだけの場面。
寓意や教訓を排した、純粋な日常の断片。
それがかえって、人間の根源的な営みの尊さを浮かび上がらせている。
牛乳を注ぐ女(ヨハネス・フェルメール)
作者:ヨハネス・フェルメール
制作年:1658–1660年頃
現在所蔵:アムステルダム国立美術館
なぜ評価されたのか?
一見「台所で牛乳を注ぐ女性」というだけの場面ですが、評価されたポイントは:
光の表現
窓から差す自然光の粒子感
パンの質感や陶器の重みまで感じさせる描写
静謐な精神性
労働する女性を聖母のような尊厳で描いている
家事という日常行為を崇高なものに昇華
オランダ市民社会の価値観
17世紀オランダでは、勤勉・節度・家庭徳が重視された
宗教画よりも「市民の生活」を描く風俗画が人気だった
つまり「ただの日常」ではなく、
新興ブルジョワ社会の理想像
を描いた作品だったのです。
注文主は?
フェルメールは基本的に
地元デルフトの富裕市民向けに制作
特定のパトロン(例:ピーテル・ファン・ライフェン)にまとめて買われていた可能性が高い
教会や王侯ではなく、裕福な市民層の室内装飾用と考えられています。
🫘 豆を食う男
作者:アンニーバレ・カラッチ
制作年:1580年代頃
所蔵:コロンナ美術館
なぜ評価されたのか?
この作品も「豆を食べる庶民」という低い主題ですが:
反マニエリスム宣言
当時流行していた人工的で誇張された様式に対抗
「自然をそのまま観察せよ」という姿勢
写実の革新
食べる瞬間の口元のリアルさ
庶民の身体性の生々しさ
後のバロックへの橋渡し
この自然主義が後のカラヴァッジョにもつながる
つまりこれは
「日常」というテーマそのものが革新的だった
作品です。
注文主は?
この作品は
若い頃の習作的作品の可能性
特定の注文というより市場向け、またはパトロン向けの実験作
カラッチは後にボローニャの名門貴族やローマの教会から大規模注文を受けますが、この作品は比較的私的な作品と考えられています。
🎯 共通点
どちらも
王や聖人ではない
神話でもない
歴史的大事件でもない
にもかかわらず評価された。
なぜか?
17世紀は
「日常そのものに価値がある」時代の始まり
だったからです。
オランダ → 市民社会の成立
イタリア → 人間観察への回帰
生成AIによって微妙に評価が異なるところがまた、おもしろいね。
椿くらいだよなあ・・・えのき、ひさぎ、ひいらぎってどんな木かわからんもんな。@shizuka.arama 漢字の雑学 「木へん」に「四季の漢字(春夏秋冬)」の読み方#漢字 #雑学 #shorts ♬ オリジナル楽曲 - 荒間静(Shizuka Arama)☕🍸
高市政権は対米従属だ!と
対米従属の高市政権は、トランプの食い物にされる。バカげた対米投資は止めるべきだ。 https://t.co/SstOefTjTS — 池田信夫 (@ikedanob) February 19, 2026
-
たしかに・・・・性奴隷について熱い議論はあったが、米軍性奴隷についてはタブーフェミニストは米軍性奴隷、韓国軍性奴隷については歴史のなかに生き埋めにしようとしてる・・・冷酷かつ残酷な仕打ち・・・。 日本のことより政治的敵対者を倒すことだけしか頭にな...
-
【フジ】中居氏と高級Hスイート飲み会参加の「タレントU」ヒアリングに応じず 固辞した女性アナも〈第三者委〉 フジテレビはタレントUについてセクハラで告発すべき セクハラ男を庇う文化継続する気か? 町山智浩 reposted 松本人志の件も第三者委員会立ち上げて調査すべき...
-
野尻美保子(1) reposted "Every high civilization decays by forgetting obvious things." - G.K. Chesterton The greatest apocalyptic pai...