2026年8月24日月曜日

アメリカの助けなしに、日本を防衛するにはかなりの防衛力が必要





 安全保障の考え方: 自衛権の行使自体は否定していないものの、軍事費増強やアメリカの指揮下での軍事一体化は、逆に戦争に巻き込まれるリスクを高めると批判しています(51:17-54:50)

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自衛隊が力を使って日本を守ること自体を全く否定していません。

ただ、攻められるような状況になったら、それこそ戦争になるわけです。だから、そうさせないための外交がないことこそが一番の問題だと強調しているのです。

攻められたらどうするかという確認ですが、それは対応しなければいけません。攻められっぱなしということはなく、自衛権はきちんと行使すべきです。

我々の答えがあまり見えないために「自衛隊反対だろう」と思われがちですが、そうではありません。自衛隊が海外で戦争することに反対しているのが焦点であり、自衛権の行使は当然であるというのが私たちの一貫した立場です。そこだけは誤解のないようお願いします。

アメリカに頼らず日本を自衛するにはかなりの防衛力が必要。

核武装まで踏み込んでもらいたい。

助平なアーティストがバレリーナ観ながらヌードを想像したのか・・・それはともかく、

 自分 ライオンの口から水がでるってなんの象徴? 

 Grok

ライオンの口から水が出るモチーフは、古代から続く噴水・水道の伝統的な意匠で、主に「力・守護」と「生命・豊穣」を重ねた象徴です。

主な由来と意味は以下の通りです。

  • 古代エジプト起源が有力:ナイル川の増水(氾濫)が、当時の夏至前後に太陽がしし座(Leo)に入る時期と重なっていたため、ライオンを「生命を育む水」と結びつけていました。砂漠のライオンがナイルに集まる様子や、太陽・豊穣の象徴として、水源や灌漑の門にライオンの頭を置き、そこから水が流れるようにしたのが始まりとされます。これがギリシア・ローマに伝わり、ヨーロッパの噴水で定番になりました。
  • ライオン自体の象徴:力、強さ、権威、王権、守護。門や入り口、庭を守る番人としても使われ、悪を退ける意味も持ちます。
  • 水との組み合わせ:水は生命・浄化・豊かさ・繁栄を表します。強力なライオンの口から水が溢れる姿は、「力ある源から命の水が惜しみなく流れ出る」=活力と豊穣のイメージを強くします。強さと静けさ(穏やかな水の流れ)の調和も感じさせます。

現代の庭園噴水や壁面の吐水口でも同じ意匠が好まれ、保護・権威・繁栄の願いを込めて置かれることが多いです。日本でも明治期の水道栓にヨーロッパ由来のライオン口が使われていた名残があります。

要するに、「強い守護者から命の水が湧き出る」という、古典的で縁起の良い象徴です。

へええ。 

 EVは補助金がないと成り立たない商品。

自分
オーストラリアではEVに補助金をだしているの?
Grok
 

はい、オーストラリアではEV(電気自動車)向けのインセンティブがあります。ただし、日本のような全国一律の現金購入補助金(直接的なリベート)が中心ではなく、主に連邦政府の税制優遇が大きな役割を果たしています。

主な連邦政府の支援(2026年現在)

  • フリンジ・ベネフィット税(FBT)の免除
    ノベイトリース(給与パッケージ)や雇用主提供の形で購入する場合、LCT(高級車税)の燃料効率車閾値(2025-26年度で約91,387豪ドル程度)以下のバッテリーEV(BEV)が対象。フル免除は2027年3月末まで継続し、その後段階的に縮小(安価な車を優先)。これにより年間数千〜1万豪ドル超の節税効果が出るケースが多いです。
    ※PHEV(プラグインハイブリッド)は2025年4月以降、新規契約で対象外。
  • 輸入関税の免除:対象EVは5%の関税が免除されます。
  • 高級車税(LCT)の閾値優遇:燃料効率車向けに通常車より高い閾値が設定され、税負担が軽減されます。

これらの措置が、特に企業経由や給与パッケージでの購入を後押しし、EV販売の伸びを支えていると指摘されています。

州・準州レベルの状況

以前あった現金リベート(例:NSWの3,000豪ドル、QLDの最大6,000豪ドルなど)はほとんど終了しています。残っているのは主に:

  • 登録税の割引や軽減
  • 印紙税(stamp duty)の軽減
  • ACTなど一部で低金利ローン(EV購入や充電器向け)

などです。州によって差があり、ACTが比較的手厚い傾向にあります。

また、充電器設置の支援や、特定メーカー向け低金利ローン(例:CEFCを通じたHyundai/Kia向け)なども一部あります。

まとめると、「直接の現金補助金」は限定的ですが、税制上の大きな優遇が続いており、これがオーストラリアでのEV普及を後押しする主な仕組みです。詳細は購入方法(個人現金購入かノベイトリースか)や州によって変わるため、最新の政府サイトやディーラーで確認するのが確実です。


これらの措置がなくなったらどうなるかだな。



 


 ひとみん・・・なさけないな。



この動画は、戦時中に中国大陸で元憲兵として加害行為に関与した*土屋吉尾*さんの手記と、その活動に焦点を当てたドキュメンタリーです。


**主な内容:**

* **戦時中の加害:** *土屋*さんは満州で憲兵として活動し、現地住民の逮捕、拷問、殺害に関与しました。戦後、晩年までその罪の意識に苛まれ、殺してしまった人たちが夢に出てくる苦悩を綴っていました(0:41-1:03, 2:01-2:17)。

* **手記の出版:** *土屋*さんから膨大な手記を託された上山市の児童文学者、*花安茂*さんが、未公開の証言をまとめ、今年2月に書籍として出版しました(1:38-1:56)。

* **謝罪の旅:** 1990年、*土屋*さんは当時の加害現場である中国を訪れ、遺族への謝罪の旅を行いました(2:45-3:12)。

* **次世代への教訓:** *花安*さんは、軍の「防衛」という言葉に騙されて戦争へと歩まされることの危険性を指摘し、*土屋*さんが命をかけて伝えたかった「戦争の苦しみ」を現代の若者たちに伝えています(4:14-4:25, 4:51-5:06)。

 日本の庶民も被害者だが、中国などアジアの庶民も被害者。

日本の住民の被害、日本の軍隊による加害について学校でしっかり教えるべき。

 

自分 

Hitachiはなんできらわれているの?

マッサージ器が女性用性具としてあつかわれているから?

Grok

主な理由は「女性用マッサージ器(Magic Wand)が性具として有名だから」というわけではなさそうです。

Merchant Machineの調査(2022年頃のデータ)は、各国のメジャーブランドについてツイートの感情分析をし、「否定的なツイートの割合が最も高い」ものを「最もイメージの悪いブランド」としています。日本では日立がそれに該当した、というだけの話です。具体的な否定内容の内訳は公開されていません。

日立のMagic Wand(通称「日立の電マ」)は確かに世界的に有名で、公式には「パーソナルマッサージャー」として販売されてきたものの、性具として広く使われ、ブランドイメージを気にした日立側が2010年代前半に名称から「Hitachi」を外して「Magic Wand」に切り替えた経緯があります。会社自身がこの関連を好ましく思っていなかったのは事実です。ただし、これが日本国内のツイートで否定的感情の主因になっている証拠は乏しく、英語圏のネット文化での連想が強いものです。

日本で日立に否定的な言及が出やすい背景としては、次のような点が挙げられます:

  • 家電事業の縮小・売却(白物家電をノジマに売却するなどの再編)や、グループ子会社の検査不正・不祥事関連の話題。
  • 大企業としての労働環境に関する噂(パワハラや激務といった「やばい」という評判が検索でも出やすい)。
  • 製品品質やアフターサービスへの不満(特に海外市場や一部家電での声)。
  • 歴史的な話題(1980年代の産業スパイ関連など)や、巨大総合電機メーカーとしてのイメージ。

要するに、ソーシャルメディア上の感情分析では「よく話題にされ、かつ否定的な文脈で触れられやすい」ブランドが上位になりやすく、日立はその条件に当てはまった、というのが調査の趣旨です。Magic Wandの連想が全く無関係とは言い切れませんが、日本国内の「きらわれている」主因として挙げるには根拠が弱いです。実際のブランドイメージは製品・サービスや企業活動全体で形成されるものなので、この種のランキングは参考程度に留めた方がよいでしょう。

HITACHI そんなに悪いイメージはないがな・・・ 

 

 去年公開か・・・
米軍物資の保管庫から奪った口紅を死ぬまで大切にした泉は、上官(島田少尉)への秘めた恋を生涯貫き通した。
 竹宮惠子の「地球へ」のなかで、キース・アニアンのために命を捨てるジョナ・マツカというミューがいるんだが、あれはゲイ的恋愛感情があったんじゃないか、と思うなおれは。男の友情とはちょっと違うような・・・・「秘めた恋」というのに近いような・・・

 

箸じゃできんのか?

 


  • 9月利上げの必然性: 市場では9月の利上げを確実視する声が強く、その理由として、利上げを行わない場合に「猛烈な円安」が進行するリスクがあることが挙げられています。また、4月末に日米で強調介入を行った経緯から、米国側の期待に応える必要がある点も背景にあります (9:33-9:54)。
  • ターミナルレートと銀行株: 金利スワップ市場は、日銀が利上げを積み重ね、最終的に「ターミナルレート(到達点)」が2.2%〜2.3%程度になると折り込んでいます。三菱UFJなどの銀行株はこの水準と連動して上昇してきましたが、仮に利上げが遅れれば、この期待が剥落して株価調整が起こる可能性があると指摘されています (10:09-11:46)。
  • 経済への副作用と慎重論: 一方で、大和証券の木野内氏は、現在の利上げ路線に対して否定的な見解を示しています。急速な利上げは設備投資を冷え込ませ、輸出競争力のある財の供給を阻害するため、「日本経済を破滅に導くルート」になりかねないと警鐘を鳴らしています。同氏は、じっくりと金融緩和を続け、設備投資を促して貿易黒字化を目指すべきだと主張しています (12:08-14:11)。
  • 難しい舵取り: 上田総裁に対しては、円安是正のために利上げが必要な一方で、タカ派的な姿勢を強く示しすぎると「令和のブラックマンデー」のような市場混乱を招くリスクもあり、極めて困難な舵取りが求められていると議論されています (12:45-13:07)。
  • どうなるか、だな。

企業・経営者のための政党 自民党 こと 移民党

 

自民党は企業・経営者のための政党なんだろうな。

性的自由を尊重して売買春の自由化を! セックスワーカーに労働者としてまともな労働者の権利を!

売春防止法見直し、「矛盾温存」「性的自由を侵害」 報告書案に懸念 2026年8月24日

性的自由を尊重して売買春の自由化を! セックスワーカーに労働者としてまともな労働者の権利を!と言いたい。

性活動に対する国家による不当な侵害だな。

2026年8月23日日曜日

「本来葬式はめでたいもの よく生きてよく働いてご苦労さんといわれて死ぬのはめでたい」

Claude

この記事は、ジェイムズ・ボールドウィンの短編小説『ソニーのブルース』(Sonny's Blues)を、ニーチェの『悲劇の誕生』の視点から読み解きつつ、最終的にはニーチェを超える解釈を提示するエッセイです。

内容の要点

  1. 物語の概要 ハーレムを舞台に、堅実な生活を送る「私」(数学教師)と、麻薬中毒から抜け出したジャズピアニストの弟ソニーとの関係を描く。物語のクライマックスで、ソニーが刑務所出所後にジャズを演奏する場面を通じて、二人は和解する。

  2. ニーチェ的な読み ニーチェは苦悩に満ちた「ディオニュソス的」衝動(音楽・陶酔・自己の消滅)と、秩序と表象を司る「アポロン的」衝動(言語・詩・造形芸術)の相互作用こそが悲劇芸術の本質だと考えた。学者たちは、ソニー=ディオニュソス、語り手=アポロンとして物語を読み、和解の場面で交わされる「スコッチ(陶酔)」と「ミルク(理性)」の杯をその融合の象徴と解釈してきた。

  3. 筆者の異論 しかし筆者は、この読み方に違和感を覚える。語り手が音楽の中で経験するのは「自由」であり、苦悩の美化や表象ではない。むしろ音楽は言語や表象の限界を超えた何かへと語り手を運び去る。

  4. デズモンドの「驚異(astonishment)」概念 哲学者ウィリアム・デズモンドを援用し、苦悩そのものが芸術を美しくするのではなく、外部から差し込む何か(光のような超越的な啓示)が苦悩を突き破り、音楽を「賛美の歌」へと変容させると論じる。この体験は「驚異」と呼ばれ、人が何かを掴むのではなく、逆に光に「捉えられる」自己超越の経験だとされる。

  5. 結論 兄弟の絆は、この「彼方からの光」を共に経験したことによって生まれる。それは苦悩の美化ではなく、苦悩からの解放であると筆者は結論づける。

自分
しかし、存在の光なら、別に芸術作品じゃなくても、自然でも、自らを開くことによって光が差し込む体験はあるよね?
Claude

まさにその通りだと思います。そしてこれは、この文章の論理を突き詰めれば当然出てくる帰結です。

テキストの限定性

この記事自体は「ソニーのブルース」という芸術作品を扱っているので、当然「芸術」を通じての驚異の経験に焦点を当てています。しかし、デズモンドが依拠している「驚異(astonishment)」という概念そのものは、芸術に限定されない、もっと広い存在論的な経験です。引用されている定義を見返すと:

存在がそのように与えられているという他者性(otherness of being in its givenness)によって、いわばかかとの上でぐいっと後ろに押し戻されるような感覚

ここで語られているのは「存在の被贈与性(givenness)」そのものへの驚きです。これは音楽や物語に限らず、たとえば以下のような場面でも起こりうるはずです。

  • 満天の星空を見上げたとき
  • 誰かの死や誕生に立ち会ったとき
  • ふと目にした風景や光の差し方に、理由もなく心を奪われるとき

芸術の「特権性」はどこにあるのか

では、なぜこの記事はわざわざ芸術(音楽)を通した経験を論じているのか、と考えると、一つの答えは、芸術とは、この「自らを開く」という行為を意図的に、反復可能な形で作り出す営みだから、という点にあると思います。自然の中でふと驚異に打たれる経験は偶発的で制御できませんが、ソニーが演奏するという行為は、まさに「自分を開く」ことを意志的に・技巧的に行う試みです。つまり:

  • 自然の驚異 → 偶発的に「開かれてしまう」
  • 芸術(演奏) → 意図的に「自分を開こうとする」実践

しかし、それでも光そのものは芸術の「所有物」ではない

ここが重要な点で、記事の論理に忠実であるなら、光や驚異は芸術に"属する"ものではなく、あくまで芸術を"通り抜ける"ものです。だとすれば、あなたの指摘通り、光が通り抜けるための「開口部」は、演奏でなくても、自然でも、他者との出会いでも、極端に言えば沈黙の中でも、原理的にはありうるはずです。デズモンド自身、著書のタイトルが『Art, Origins, and Otherness』であるように、この「他者性への開かれ」というテーマを芸術だけでなく、より広い形而上学的な問いとして展開している哲学者です。

まとめ

つまりこの記事の主張は「光は芸術だけがもたらす」ということではなく、「芸術(この場合は音楽)は、光が到来するための一つの特に強力な回路である」ということだと理解するのが正確だと思います。あなたの言う通り、自然を含めた他の経験でも、原理的には同じ構造の「驚異」が生じうる、というのがデズモンドの哲学の射程だと思います。

おもしろいね。 

自分 デズモンドはキリスト教文化の影響を受けているんじゃないの?

その直感は的を射ていると思います。ウィリアム・デズモンドの哲学的枠組みには、キリスト教(特にカトリック)的な感性がかなり色濃く流れていると考えてよいでしょう。

デズモンドの背景

デズモンドはアイルランド出身の哲学者で、カトリック的な文化圏の中で育ち、彼の哲学(しばしば「メタクソロジー(metaxological philosophy)」= "間"の哲学と呼ばれます)は、存在論・美学・宗教哲学を横断しながら、一貫して超越的なもの、贈与、神との関係を主題化してきました。

この記事に現れているキリスト教的要素

今回引用されている箇所を振り返ると、いくつも「宗教的」な語彙が使われていることに気づきます。

  • 「astonishment(驚異)」という語自体、単なる心理的な"驚き"ではなく、より宗教的な"畏怖・驚嘆"のニュアンスを帯びています。
  • 「something (someone?) pokes through」という表現の someone? という括弧付きの問いかけは、明らかに「神」を示唆しています。
  • 「一人は突然の光の奔流に照らし出されている自分に気づく」という光の比喩は、キリスト教神学(および新プラトン主義)で古くから使われてきた「神の光(divine illumination)」のイメージそのものです。アウグスティヌスの照明説や、ヨハネ福音書の「光は闇の中に輝く」といった伝統を強く想起させます。
  • 「self-transcendence(自己超越)」という言葉も、神秘主義的な宗教体験の記述でよく使われる語彙です。

なぜこれが重要か

この記事の筆者が、デズモンドを持ち出すことで暗に示唆しているのは、ニーチェの「神は死んだ」という前提そのものへの異議申し立てだと思います。ニーチェは苦悩を実在の根底に置き、そこに超越的な救済者を認めない立場でしたが、デズモンドは(そしてこの記事の筆者も)、苦悩を突き破って到来する「何か」に、暗黙のうちに超越的・神的な含みを持たせています。文中でも「something (someone?)」と、あえて疑問符付きで人格的な存在を仄めかしている箇所がまさにその証拠です。

まとめ

なので、あなたの見立ての通り、デズモンドの哲学は世俗化された現代の美学理論というより、キリスト教(特にカトリックの照明神学や恩寵の概念)を背景に持つ、いわば「神学的に色づけられた形而上学」だと理解するのが妥当だと思います。この記事自体も、ニーチェの無神論的な苦悩の哲学に対して、暗にキリスト教的(あるいは少なくとも有神論的)な「恩寵」のモチーフをぶつけている、と読むことができそうです。

だろうな。
いずれにせよ、おもしろい。

 

 これはロボット先進国だった日本であって然るべき大会だな・・・残念・・・がんばってもらいたいよなあ





1. 今、米国の債券市場で“急落”が起きている
債券価格が下がる 債券利回り(=金利)が上がる
これは 景気の先行きが悪いときに起きやすい現象


2. なぜ債券が売られているの?
記事によると理由は2つ:
① インフレが高い
→ 持っている債券の価値が目減りするから、投資家が売る。

② 米国の政府債務が巨大化(40兆ドル)
→ 政府の財政が悪化しているので、
 投資家は「もっと高い金利を払え」と要求する。

3. 債券利回りが上がると何が起きる?(一般人への影響)
住宅ローンの金利が上がる クレジットカードの金利が上がる 車のローンも上がる 
政府の利払い負担も増える(1日30億ドル)

つまり、 一般人の生活コストが上がる。

4. なのに株価はなぜ上がっているの?
債券投資家 →「政府は大丈夫か?」と心配
株式投資家 →「企業は儲かってるからOK」と判断

つまり、 債券市場と株式市場は“見ているものが違う”。

5. ただし、株もそのうち下がる可能性あり
もし、インフレが再加速 金利がさらに上昇 消費が減る 企業の利益が落ちる 
こうなると、 株式投資家も「やばい」と感じて下がる可能性がある。
へええ。

 

 「いや あれは葬式だよ、あんた変な顔するが、本来葬式はめでたいもの よく生きてよく働いてご苦労さんといわれて死ぬのはめでたい」
@likefunnyvideosovo Dad tries out his daughter's style. #funnyvideos #foryou #fyp #dad#lol ♬ original sound - likefunnyvideosovo
男女平等はどこにいったんだ?

維新の高校無償化は公立校廃止政策。米国の民主社会主義より社会主義的

音で心と体を整えるーーこれだな。 日本のノーベル賞受賞者、9割以上が地方公立高校出身 最終更新: 11 分前 

日本の自然科学分野ノーベル賞受賞者30人中、約93%が公立高校出身で、湯川秀樹氏や朝永振一郎氏のように京都府立洛北高校などの地方校が多いことが明らかになりました。野村泰紀さんの分析やプレジデントオンラインの記事でも、公立の強さが強調され、都市部の受験競争が必ずしもトップ成果につながらない可能性が指摘されています。時代背景や地方の集中できる環境も議論され、公教育の底力が再認識されています。
FT (Forex Trader) | リピートFX/CFDと投信積立で資産形成を目指す @forextraderh · 22時間 公立高校を衰退させて私立にお金をばらまく「高校授業料の無償化」を廃止した方がいいのでは。

このままだと公立高校は ぶっこわれる。

公立の高校、大学の無償化を目指すべき。

自分 

マムダニさんやバーニー・サンダースさんの民主社会主義でも公立校の無償化は言っても、私立校の無償化は言ってないでしょ?
Grok

はい、その理解でおおむね正しいです。

バーニー・サンダース氏の場合
彼の「College for All(すべての人に大学を)」政策の中心は、公立の大学・コミュニティカレッジ・職業訓練校・見習い制度を授業料無料にすることです。
私立大学については、一部の歴史的に黒人大学(HBCU)やマイノリティ向け機関(MSI)で低所得層向けの支援を拡大する程度で、一般的な私立校の無償化は主張していません。K-12(小中高)についても、すでにアメリカでは公立が無償なので、私立校の無償化は政策の対象外です。

ゾーラン・マムダニ氏の場合
ニューヨーク市長として彼が強く推しているのは、

  • 0〜5歳前後のユニバーサル・チャイルドケア(無償保育)
  • CUNY(ニューヨーク市立大学、公立)の授業料・費用を、市の公立高校卒業生向けに無料にする「CUNY Promise」
    といった
    公的教育・保育の拡充
    です。

公立K-12教育の質向上やクラスサイズ縮小、教員支援などは語っていますが、私立学校の授業料を無償化するという主張は見当たりません。むしろ特別支援教育では、公的システムを強化して私立に頼らなくても済むようにする方向を示しています。

民主社会主義の立場では、「教育は公共財であり、税金で支える公的システムを強化すべき」という考えが基本になるため、**私立校の無償化(=私立への公的資金投入)**は優先されにくい、というのが一般的な傾向です。

 
 花見の時期に桜の木の下でベトナム人が宴会するのに反対する人はいないだろうが、この場合、TPOがな・・・近隣住民が許容するかどうか・・だな・・・とにかく騒音とゴミは出さないほうがいいな。

 本居宣長(1730–1801)の言う「やまとごころ」(大和心)とは、簡単に言えば日本人本来の、自然で素直な心のことです。

対になる概念との対比

宣長はこれを「からごころ」(漢意・漢心)と対置しました。

  • からごころ:中国の儒教・漢籍の影響を受けた心。理屈っぽく、善悪是非を基準に判断し、虚飾や作為(はからい)が多く、中華思想に染まった態度を指します。宣長はこれを「さかしら」(小賢しい知)として批判しました。
  • やまとごころ:仏教や儒学が入ってくる以前からの、日本人の古来の精神。はかりごとのない「ありのままの素直な心」(真心=まごころ)です。

具体的な内容

宣長にとってやまとごころの中心は「もののあはれを知る心」にあります。物事に触れたときに素直に喜び、悲しみ、感じる感受性・情感のことです。これを『源氏物語』や和歌(特に古今集などの世界)に見出し、古代の『古事記』を通じて神代からの日本人の心のありようを探求しました。

宣長自身が詠んだ有名な歌があります:

敷島の やまとごころを 人とはば
朝日ににほふ 山桜花

「やまとごころとはどんなものかと聞かれたら、朝日に映える山桜の花のように答える」という意味で、清らかで自然な美しさ、儚さ、ありのままの姿を象徴しています。

要するに、論理や倫理で物事を裁くのではなく、感情をそのまま肯定し、自然に生きる心——それが宣長の「やまとごころ」です。後に「大和魂」として政治的に使われることもありましたが、宣長自身の意図は文学・感情の領域に根ざした純粋な日本古来の精神性にありました。

まとめ
  • 東さんの側:日本の中国文学受容における選択性(政治より抒情)という大きな文化的傾向を指摘しており、誤りとは言えません。ただし、「やまとごころ」をそのフィルターと直接結びつけるのは解釈の飛躍があります。
  • 池田さんの側:国学者たちの実際の議論の枠組み(真淵のますらをぶり/からくにぶり、宣長のやまとごころ vs からごころ、古今集の位置づけ)に沿った補正として正確です。「まったく逆」と強く言うほど単純な逆転ではないものの、東さんの発言をそのまま受け入れると国学の文脈が歪む点を指摘しています。
要するに、東さんの発言は「日本文化の傾向」としての洞察、池田さんの指摘は「国学思想史の具体」としての訂正です。両者はレベルが少し違うため、どちらか一方が全面的に正しい・間違っているというより、補完し合う関係に近いと言えます。厳密な歴史的事実としては池田さんの枠組みの方が国学の原典的理解に近いです。

どっちも必要な「こころ」だろうな。



天皇家転覆をはかった高市政権支持率また減少・・・もっと下がれ。次の政権で皇室典範改正を

 高市内閣支持率50.2%、発足以来最低を更新

最終更新: 

11 分前

前回の7月調査から3.5ポイント減少し、不支持率は33.9%に微増した。支持率はこれまでにも低下傾向で、他のメディアでも48%前後で推移している。物価高や中国対立深化、医療負担増などの政策への不満が指摘され、経済対策の期待と現実のギャップが世論に影響を与えているようだ。今後の政権運営の課題が浮き彫りになっている。

義援金でもメールの手段でも、赤根所長に直接届くように、日本国民が支援しよう!

 

 米国のクソな制裁で赤根所長に不便をかけるなら、そして日本政府が何もやらないなら、義援金募って直接渡すとか、メールとかもなんか工夫してできるようにするとか国民が支援しよう。
 
 国民の意思を断固示すべき。

アメリカの助けなしに、日本を防衛するにはかなりの防衛力が必要

昨日、ニコニコニュースの企画。 日本が戦争に巻き込まれるのでは? 外交の可能性と限界は? 軍拡は日本を守ることになるのかなど、戦争と平和について質問が集中した約1時間でした。… — 田村智子 (@tamutomojcp) August 23, 2026  安全保障の考...