デモもいい、日章旗振るのもいいが、なんでヨルダン(?)の旗ふっているわけ?マスコミが政府に懐柔されて、政権に対して批判的な報道がされない現状で、たとえ小さな抗議活動でも、それを見た人々にふと「この政権に反対している人がいるんだ」と気づかせるだけでも大きな意味があると思うんですけどね https://t.co/kcLVrLktS9
— 町山智浩 (@TomoMachi) September 19, 2026
**芸術が持つ深い価値:*** **「存在の根源」への窓:** 博士は芸術を、モーセが出会った「燃える柴(Burning Bush)」になぞらえています(2:00:07 - 2:01:52)。日常の慣習的な見方で世界を捉えるのではなく、芸術は私たちの認識の枠組みを揺さぶり、世界が本来持っている深遠な姿(存在の根源)を再発見させてくれる「入り口」となります。* **認識の拡張:** 私たちは通常、記憶や先入観を通して世界を見ていますが、優れた芸術は私たちの知覚を「再調整」します。これにより、ただ見過ごしていた日常の中に潜む驚異や美しさを改めて意識させ、世界に対する感性を研ぎ澄ませてくれます。* **心理的な安定と成長:** 芸術に触れることは、魂の微量摂取(マイクロドージング)のような役割を果たし、理屈を超えた精神的な広がりや心理的変容をもたらします(2:01:52 - 2:05:44)。
そのとおりだな。
**経済的・社会的な視点:*** **「美」は究極の資産:** 美しさは効率性や経済性と対極にあると考えられがちですが、実際には非常に高い経済的価値を持っています(2:06:44 - 2:07:56)。ブルージュのような歴史的に美しい街並みが世界中から人を惹きつけるように、芸術や美は「尽きることのない経済資源」となります。* **価値の創造:** 『ハリー・ポッター』の事例が示すように、個人の創造性から生まれた物語が、書籍、映画、観光、マーチャンダイジングなど、数十億ドル規模の巨大な経済圏を生み出すことがあります。美や物語は、文明そのものの価値を底上げする力を持っています。
そういう側面もあるな。
gemini
『悲しむ老人(永遠の門にて)』は、社会の片隅で過酷な現実や底知れぬ孤独を生きる人々に対する、ゴッホの深い共感と眼差しが結晶化した作品です。
モデルとなったのは、貧困街や施設で暮らしていた元老兵アドリアーヌ・ズイトラでした。ゴッホは初期から晩年に至るまで、こうした社会的弱者や苦しみの中にある人々の姿に強く心を引かれ、彼らの内面にある気高さや尊厳を描き出そうとしました。
そして、精神的な病や終わりの見えない孤独にさいなまれていた当時のゴッホ自身の極限状態が、頭を抱えて苦悩する老人の姿と深く重なり合っています
『悲しむ老人(永遠の門にて)』は、一見すると人間の極限の絶望や悲哀を描いた作品に見えます。しかしその実、「地上の苦しみを終え、永遠の世界(門)へと向かう静かな救済」であり、同時に「どんなに打ちひしがれても人間の中には消えない尊厳と生命の炎がある」ことを伝える、ゴッホの魂のメッセージが込められた最高傑作なのです。
『ヴォルガの船曳き』が当時「芸術の冒涜(あるいはそれに近い強烈な批判)」と言われた背景には、当時の芸術の「常識」と、ロシア帝国が隠したかった「現実」を真っ向から裏切ったことがあります。主な理由は以下の3点に集約されます。1. 「美しく高尚なもの」を描くのが芸術だった時代に、最底辺の労働を描いたから
当時のヨーロッパやロシアのアカデミー(画壇)では、絵画の主役といえば、「神話」「歴史上の英雄」「聖書のエピソード」「気高い風景」など、高尚で美しいものが王道とされていました。 そんな時代に、ボロ布をまとい、汗と泥にまみれて獣のように重荷を曳く日雇い労働者(しかも社会的底辺とされる人々)を、縦2メートル・横3メートル近い「歴史画サイズの大画面」で堂々と描いたことは、当時の保守的な人たちにとって「美や尊厳を踏じにじった、芸術に対する冒涜」に映りました。2. ロシア帝国の「恥部」をあえて世界に晒したから
当時、ロシアの支配層や上流階級は、自分たちの国の近代化や優雅さを誇りたいと考えていました。しかしレーピンは、華やかな都会の裏で、人間が馬や機械の代わりに扱われているというロシアの深刻な後進性と社会の歪みを赤裸々にキャンバスに叩きつけました。保守派や特権階級からは「国辱だ」「ロシアの恥をわざわざ絵にして世界に晒すな」という猛烈な批判や反発が巻き起こりました。3. 「蒸気船の時代」なのに人間を酷使する不条理を告発したから
絵の遠くには、すでに時代遅れになりつつある帆船を尻目に、近代的な「蒸気船」の煙が見えています。「すでに文明の利器(蒸気船)が存在しているにもかかわらず、人間を安上がりな動力として使い捨てにしている」という、人間の尊厳を踏みにじる資本の冷酷さと社会の矛盾を、レーピンは絵の対比によって告発しました。この痛烈な社会風刺が、為政者や特権階級の逆鱗に触れたのです。まとめ
「きれいなもの、お行儀の良いものを描くのが絵画の務めだ」と信じていた当時の保守的な人たちにとって、この絵はタブーを犯す不敵な挑戦でした。しかし、この「美しさよりも真実・現実を描く」という姿勢こそが、のちにロシアの現実変革を求める若い芸術家たち(移動派)の道を開き、美術史における最高傑作へと押し上げる要因となりました。
なるほど。
・・・・しかし、美術展にピョコッって行って絵画からこれだけのことは読み込めないよなあ・・・おれは。