“Unfortunately, we are witnessing the improper use of history including the unfair vilification of Japan to obscure one’s own misbehavior at present. Japan certainly is a model citizen of the world.”
buveryさんがリポスト
山添 拓@pioneertaku845月30日
日本はNATO加盟国ではなく、対ウクライナ戦争の当事国でもない。
「最新の戦い方」を学ぶというが客観的には「学ぶ」にらとどまらない。だいたい「戦い方」を学ぶとは、文字通り戦う自衛隊に変えようということにほかならない。
憲法からの逸脱であり、「平和のため」と言い張るのは強弁でしかない
抑止力強化して平和を維持するためには当然必要なこと。侵略国がどうでるか、、どういった攻撃で防衛力を強化できるか研究するのは平和維持に必須。
Farouq Hydra🦅
@farouqhedara
日本政府は、アラブやイスラムの旅行者が資金を持っており、巨大な購買力があることを見て、彼らの方からアラブ・イスラム世界への開放を決めたのです。これこそが現在の日本政府が採用している政策です
自民党政権が積極的にアラブ・イスラム世界の人々を呼び込んでいるわけだね。
buveryさんがリポスト
これは問題だな。
VIDEO
・・
3. フェルメールの絵が日本人に刺さる理由
見てすぐ分かる構図(宗教的象徴が少ない)
光の描写が卓越
パンや布が“キラキラ”見える
カメラ・オブスクラ(初期の光学装置)を使った可能性が高い
写真のようなリアルさと静けさ
難解な象徴が少なく、日本人の鑑賞スタイルに合う
4. 《真珠の耳飾りの少女》の魅力
振り返る瞬間を捉えた“ドラマ性”
わずかに開いた口、濡れたような唇、光る瞳
大きな真珠は本物なら家1軒分の価値
偽真珠説もある
特定の人物ではなく トローニー(典型的な人物像)
イタリア絵画の影響(レオナルドの“振り返りポーズ”など)
・・・・
日本で人気が爆発したのは、映画と物語性、
そして“見てすぐ分かる美しさ”が理由。**
自分
物語性とは?
アクア君
# 🌊 **物語性とは?**
**絵の中に、見る人が自由に想像できる“物語の余白”があること。**
フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》はまさにその代表で、
- 誰に呼ばれて振り返ったのか
- 何を言いたげなのか
- どんな関係性があるのか
- どんな瞬間なのか
# 🌬️ **フェルメールの絵が物語性を持つ理由**
## **1. 振り返りのポーズ**
少女が“ふっと振り返る”瞬間を切り取っている。
この一瞬が、見る人に物語を想像させる。
## **2. わずかに開いた唇**
口を閉じたCGと比べると、
“何か言いかけている”ように見える。
## **3. モデルが特定の人物ではない(トローニー)**
実在の肖像ではなく、
“典型的な人物像”として描かれているから、
誰でも自由に物語を重ねられる。
## **4. 背景が暗く、情報が少ない**
余計な情報がないから、
見る人の想像が広がる。-
# 🌈 **物語性があると何が起きる?**
- 見る人が“自分の物語”を絵に重ねられる
- 正解がないから、何度見ても新しい
- 感情移入しやすい
- 映画や小説の題材になりやすい
まさに《真珠の耳飾りの少女》が
映画や小説で大ヒットした理由がここにあるんだ。
絵画とかーーー音楽とかでもーーおれは芸術作品のこの物語性を重視するんだな。
宗教画や神話画は物語の挿絵みたいなものだったー物語→絵画。 あるいは、絵画が物語を大胆に解釈して 物語と絵画の間には、物語 ↔ 絵画 交流があった。
宗教や神話から離脱した絵画にも、絵画 ↔ 物語の交流は残ったーーー「残った」というより豊かな物語を喚起する作品が優れた作品として評価されるんだろう、と思う。
そして、その物語は人生経験を様々な形でシュミレートしており、さまざまな人生の可能性・機会を提示して世界経験の豊かな理解を提供しているんだ、と。
一匹狼は死を意味したわけだね。
Grok
現代のミスマッチ 技術進化で 一人でも生活可能 になったのに、遺伝子(脳の報酬系)は依然として「集団に所属し、 貢献し、認められる 」ことを強く求め続けている。これが現代の孤独感や「幸せになりにくい」理由の一つです。 要するに、**一匹狼はロマンや自由の象徴として美化されがちですが、生物学的には「生存リスクが高い危険な状態」**だったわけです。だからこそ、人は本能的に「つながり」を求めてしまうんですね。
貢献し、認められることは、所属の条件?
Grok
はい、その通りです。 書籍の文脈では、 「所属」の条件として「貢献し、認められる」ことが生物学的に非常に重要 と位置づけられています。 なぜ「貢献+承認」が所属の鍵か 狩猟採集時代の集団では、 一人で生き残るのはほぼ不可能 。みんなで狩り、食料を分け、守り合う必要があった。 そのため、 集団に貢献する人 (狩り上手、子育て協力、知識共有など)は「分け前」を多くもらえ、保護され、生存率が上がる(=死からの距離が保てる=幸せ)。 逆に、 貢献せずルールを破る人 は排除されやすく、死のリスクが高まる。 脳はこれを学習し、 「貢献したい」「認められたい」という欲求を強く刻み込んだ 。これが現代の遺伝的遺産です。 小林武彦氏の指摘では: ヒトの遺伝子には「 集団に貢献したい 」という意識が刻まれている。 貢献度に応じた 公平な分配 と 相対的な評価 (周囲より少しでも認められるポジション)が、幸せの重要な手段になった。 SNSなどの「いいね」や現代の成果主義は、この本能の 疑似的な満足 を提供するが、比べる相手が多すぎて相対評価が難しく、不満を生みやすい。 現代のミスマッチ 昔:小さな集団で「顔の見える貢献」が明確 → 承認されやすい。 今:大規模社会・匿名性・個人主義 → 貢献を実感しにくく、承認も薄れやすい。 だから「ただ生きてるだけ」では満足できず、 「誰かの役に立っている」「認められている」と感じられるつながり を無意識に求め続けてしまうのです。 一匹狼がリスクだったように、**「貢献・承認なしの所属」は脳にとって「不完全な所属」**としてストレスになる、というわけですね。 この仕組みを理解すると、仕事や人間関係で「小さな貢献と感謝の循環」を意識的に作るのが、生物学的に理にかなった幸せアプローチの一つになります。 1)ブルシットジョッブなど社会に貢献しない仕事の分け前が多すぎるな。
2)承認要求の根は深い。認められなくても、生存確率が大して低くならない現代社会でも、認められないと脳が無意識にストレスを感じてしまうのかもな。
へええ。
トランプさんとの会合のときはどうしたんだろう?
Grok
いいえ、具体的な「持ち替え(腕の持ち替え)」の報告や確認されたエピソードはありません。 これはメディアの憶測が主です。 背景のおさらい エリザベス女王のハンドバッグ・シグナルとしてよく言われるのは: 左腕から右腕(または反対)に持ち替える → 会話を早く切り上げたい(スタッフに中断を促す)。 テーブルに置く → 5分以内に終了したい。 床に置く → 即時救助(退屈or不快)。 これらは長年のロイヤル・レポーターや歴史家(Hugo Vickersなど)の話に基づくものです。 トランプ会合時について 2019年のトランプ大統領(当時)夫妻とのバッキンガム宮殿での会合・晩餐会で、女王はいつものように黒い Launerのハンドバッグ を持っていました。メディア(Telegraph、NY Postなど)は「バッグを持っている姿を見て、どんなシグナルを送ったのか?」と 憶測記事 を出しましたが、 実際に腕を持ち替えた・テーブル/床に置いたという具体的な目撃や公式報告はありません 。 むしろ「しっかりバッグを抱えていた」「クラッチしていた」といった記述が多く、会合が比較的スムーズだった印象です。 女王は外交的にプロなので、たとえ内面でどう思っていてもシグナルを露骨に出すようなことは稀でした(トランプ訪問時はブローチで微妙なメッセージを送ったという別の話はあります)。 なるほど。
Grok
Upstage your direct senpai
🌊 upstage の語源:舞台の「上手(かみて)」が由来
昔の劇場では、舞台が 後ろに向かって少し高く傾斜 していたんだよ。
これを raked stage(レイクド・ステージ) と呼ぶの。
舞台の奥で高くなっている後ろ側 → upstage(上手)
つまり upstage = 舞台の後ろの高い場所 のこと。
🌬️ ◆ なぜ “目立つ・相手を食う” という意味になったの?
舞台の後ろ(upstage)に立つと…
高い位置にいるから目立つ
観客の視線がそっちに行く
前にいる役者(主役)が目立たなくなる
だから俳優の世界では、
“相手を upstage する”=相手より目立ってしまう、主役を食う
という意味に変化したんだ
へえええ。
映画の一場面で使えそうだな。
「これからどうなる」と見たくなる構成だな