昼寝は悪いのか?
いいえ。昼寝をやめる必要はない。
研究者自身も「昼寝が死を招く」とは考えていない。
むしろ:
認知症の前兆
睡眠時無呼吸症候群
心血管系の負担
うつ症状
慢性疾患の悪化
など、背景にある健康問題の“警告サイン”として昼寝が現れている可能性が高い。
📝 結論
午前中に強い眠気があるなら、体調のチェックをした方がよい。
昼寝そのものを悪者にする必要はない。
特に高齢者では、昼寝はむしろ「回復のための正常な行動」であることも多い。
欧米の同調圧力ってすごいな。排除圧力だな。結局、日本より進んでいる筈の欧米先進国の「多様性」「共生」なんて、このレベルなんだよな。自分が食べない、誰かが持参するお弁当すら許容できないのだから。 https://t.co/67q1q9b9WX
— 姫草ユリ子(ミロ) (@horiyumiko) April 27, 2026
ピックル液を注入したコンビニのフライ見ると、「日本人は食にこだわる」みたいなのは神話だなと。 https://t.co/KQDSyg9k3p
— Spica (@CasseCool) April 27, 2026
日本のfamichiki は外人さんに絶賛されているんだね。@strongjapanx アメリカ人が日本の“ファミチキ”を一口食べた時の反応が世界で話題に#海外の反応 ♬ オリジナル楽曲 - 強き日本
グジュグジュってところが食をそそらんな。韓国にはサーモンのヌードルがある。
— Spica (@CasseCool) April 27, 2026
海鮮としてのサーモンの歴史は浅い。
サーモン寿司はノルウェーの発明。日本人にはクレジットがない。 https://t.co/GqO42lLV7b pic.twitter.com/Se5nnyWcQz
資本金要件:韓国は3億ウォン、フランスは30万ユーロ
— Spica (@CasseCool) April 28, 2026
…確かに日本の3000万円は国際水準なのだが、既存店に影響する500万円からの引き上げと、最初から3000万円ではインパクトが異なりますね。
植民地を持っていた訳でもない、英語圏でもない日本に世界中の食が集まったのは低い要件も一因。 https://t.co/e6oa7K2ahD
経営管理ビザの資本金要件を3000万円にするのは業務の実態のない在留を排除する問題 それを実績ある既存店舗にまで適用することによる不当な影響が、今回の話題業務の実態のない在留を排除する他に方法があっただろうな。
将来的にはハラール給食、菜食主義給食に対応していくようになるんじゃないかな?>日本でハラール給食を出せと言ってる外国人の方
— Spica (@CasseCool) April 28, 2026
存在するの?
社会勉強を兼ねて、学校側の自主判断で限定的な提供をするケースが報じられている(茨城県境町等)までだが。
異国料理体験、日本の生徒も楽しめるんじゃないかね。 https://t.co/wL9R6KFlZp
そもそも日本語ができなければ、住む場所の賃貸契約もできないべ?永住や帰化を含め、中長期在留資格の場合は、日本語で法的責任が取れることを条件にすべき。ニホンゴワカリマセーンで責任を逃れる人は、原則として在留許可の更新を認めるべきではない。 https://t.co/LydBRPHk2r
— buvery (@buvery2) April 29, 2026
『宗教の起源』昨日から読み始めました。ロビン・ダンバーさんの書くものはほんとにわかりやすい。読みながら膝を打つことばかりです。😊 https://t.co/uWm3VOr2xH
— 内田樹 (@levinassien) April 27, 2026
🌱 ロビン・ダンバーの中心的な主張(ダンバー数の理論)
✔ 1. 人間が“自然に”親密に関われる人数は約150人
これが有名な ダンバー数(Dunbar’s number)。
- 霊長類の脳の大きさと群れのサイズの相関
- 人間の新皮質の容量から計算
- 親密な関係を維持できる上限が 約150人
つまり、
人間は本来、小規模な共同体でしか安定した関係を保てない生き物
ということ。
🌿 2. では、なぜ国家のような巨大集団が生まれたのか?
ダンバーの答えはシンプルで深い。
「宗教」や「儀式」が、150人の限界を超える“社会的接着剤”になった
🌊 ダンバーが示した宗教の役割
✔ (1) 共同体の“絆ホルモン”を人工的に生み出す
宗教儀式(歌う・踊る・祈る・同じ物語を共有する)は
エンドルフィンを分泌させる。エンドルフィンは
- 親密さ
- 信頼
- 連帯感
を強めるホルモン。
つまり、
宗教儀式は「脳内の絆システム」を大人数に拡張する装置
というわけ。
✔ (2) “見えない監視者”が道徳を安定させる
ダンバーはこう考える。
神という存在は、共同体の外側に“超越的な監視者”を置くことで、
大人数でも秩序を保つ仕組みだった。
- 神が見ている
- 罰がある
- 共同体の規範が共有される
これによって、
150人を超える集団でも協力が維持できる。
✔ (3) 物語(神話)が“想像上の共同体”を作る
ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」に近い考え方で、
同じ神話・物語を共有することで、
会ったこともない人同士が仲間になれる。宗教はその最初の形だった。
なるほどね。
🌈 アクアのしずくまとめ
ロビン・ダンバーの説を一言で言うと、
人間は本来150人までしか親密に協力できない。
その限界を突破して国家を作れたのは、
宗教という“脳をつなぐテクノロジー”があったから。宗教は
人類最大の社会的発明
という位置づけなんだ。
「意味」が「義務」に変わる理由は、一言で言えば「苦しみへの納得感」を「集団のルール」にすり替えるからです。納得のための「意味」:「この苦しみには価値がある」と解釈することで、人は安心します。維持のための「型」:その価値(意味)を失わないために、「こう振る舞うべき」という行動規範が生まれます。逆転する「主従関係」:いつの間にか「救われること」よりも「教え(ルール)を守ること」自体が正義になり、自由な解釈が「果たすべき責任」へと固定されるのです。つまり、「心の支え」だったはずの解釈が、いつの間にか「自分を縛る鎖」にすり替わってしまうというメカニズムです
なるほどね。
When authority claims to speak for the divine,
it can become difficult to challenge—
not because it’s proven,
but because questioning it is discouraged.
・・・・
“Are they allowed to question the people who define that belief?
聖人の言動でもその存否や正否を問うことが許されているかどうか?
新興宗教の教祖、あるいは教典の教祖の言動でも鵜呑みにしなければならない組織宗教はこわいな。
