何が「芸術」とみなされるかは普遍的な基準ではなく時代や権力関係で変わる相対的なものである。
— Spica (@CasseCool) December 15, 2025
長く「遺物」「工芸品」扱いだった兵馬俑やナイジェリアのノックの彫刻やナスカの地上絵やラパ・ヌイのモアイは、現在は「芸術」である。
『若い読者のための美術史』https://t.co/TxaqiLxvHw
自分
芸術は広い意味では「洗練された」もの「美しい」ものを意味するが、何が洗練されたもので、美しいとみなされるるかは、時代や権力関係に相対的である、と?
つまり、「芸術=美しいもの」という考え自体が、すでに一つの文化的・歴史的な枠組みであって、絶対的なものではないんです。結論「芸術(特にfine art)は、『洗練された』『美しい』ものを指すとされるが、何が洗練され、何が美しいとみなされるかは、時代、文化、権力関係によって完全に相対的である」—— これでどうでしょう?
- 「芸術(art)」の広い意味
もともとartはラテン語の「ars(技術、技能)」から来ていて、**単なる「美しいもの」ではなく、「人間の高度な技術や創造性で作られたもの」**全体を指していました。
だから絵画も、家具作りも、料理も、かつてはすべて「art」でした。- 「洗練された」「美しい」が基準になったのは特定の時代
18世紀のヨーロッパで「fine art」という区別が生まれ、「純粋に美や表現を追求したものだけ」を「洗練された芸術」と定義したんです。
ここで初めて「美しい=fine art」という基準が強く打ち出されました。- その「美しい」の基準が完全に相対的
- 誰が「美しい」と決めるか? → 権力を持つ人々(王族、アカデミー、美術評論家、キュレーター、市場など)
- どの時代か? → ルネサンスでは人体の正確な描写が「美しい」、20世紀では抽象的な表現が「美しい」
- どの文化か? → 西洋では写実が「洗練」、日本では余白や簡略化が「洗練」
だな。
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🌿 要約:フィクションは人を良くするのか?
✅ 多くの人が信じていること
- フィクションには人をより共感的・寛容にし、道徳的に成長させる力があると信じられている
- 哲学者マーサ・ヌスバウムなどもその立場をとっている
✅ 筆者の立場
- その信念には十分な証拠がないと考えている
- 自分の経験や感覚だけでは、信頼できる証拠とは言えない
- 特に「自分がどれだけ共感的か」「道徳的に成長したか」は、自己判断が不確か
✅ 実験的なアプローチ
- 心理学には共感力や他者理解(mind reading)を測るテストがある
- これを使って、フィクションの効果を測ろうとする研究もあるが、まだ初期段階
- 短編を読ませる実験では、効果が小さいか一時的
- 共感的な人がフィクションを好む可能性もあり、因果関係は不明
✅ 確かなこと
- フィクションから事実的な知識を得ることはある
- 例:『戦争と平和』でロシア貴族がフランス語を話していたことを知る、など
✅ 結論
- フィクションが人をより良くするかどうかは、まだ証明されていない
- だからこそ、中立的な立場を保つべき
- それでも、フィクションには美しさ、知的な価値、感動や没入感といった他の価値がある
→ それだけでも十分に尊い
おれは、 マーサ・ヌスバウム派だな。人を良くするかどうかはわからない。しかし、芸術は、美しさや感動だけではなく、世界や人間の理解が深まるなにかを持っている。それをもっているものが価値が高い。
フィンランドは「進んでいる」よなああ。同じ吊り目ポーズで、Miss Finlandを剥奪されたサラ・ザフチェへの連帯を示したフィン人党のエエロラ議員、「不当な魔女狩り」として擁護した同党の党首かつ財務大臣のプッラの対応を「子供じみている」とオルポ首相が強く非難。人種差別を巡る対立により、連立政権解消の動きも出てきた。…
— Spica (@CasseCool) December 15, 2025
オーストラリアの銃撃事件の方は反ユダヤの犯人にタックルして銃をとりあげた「ヒーロー」の動画が流れてくるが、この方がムスリム系だったので、現代の多民族社会オーストラリアだなという感想
— イタコ (@suzuky) December 15, 2025
反ユダヤの犯人にタックルして銃をとりあげた「ヒーロー」の動画が流れてくるが、この方がムスリム系だったへええ。
(2) 日本経済新聞 電子版(日経電子版) on X: "「中国は日本社会の分断をみている」 阿古智子・東大教授、日中対立巡り https://t.co/N6MPDURlGt" / X
あ、そうですね! 前の@suzuky
さんのポストで言及されてた「RTについてるリプ」が、おそらくこの日経の投稿(阿古智子教授のインタビュー記事)を指してるっぽいです。この日経ポストのリプ(現在169件くらい)は、かなり活発で批判的なものが大半を占めてます。全体の雰囲気は:「分断を『見ている』じゃなくて、中国(やメディア)が積極的に『煽ってる・仕掛けてる』側だろ」という指摘が目立つ。
阿古教授の過去の受賞歴(正論新風賞など)や寄稿先(産経系メディアが多い)を挙げて、「反中寄りで偏ってる」「日経がこんな人に聞くなんて笑える」みたいな皮肉・攻撃。
「日本のメディア(朝日・毎日・TV含め)が中国の思惑通りに動いてる」「分断工作に加担してるのはお前らだ」みたいなメディア批判。
一部で「教授は法輪功系ナラティブ」「高市早苗みたいな歴史修正主義を批判しないのがおかしい」みたいな対立意見も。
要するに、教授の「中国は日本社会の分断を見ている」という発言自体を逆手に取って、「いや、分断を起こしてるのは教授や日経側だろ」と反発するリプが9割近く。感情的で煽り合いっぽい感じが多く、教授や記事を「中国の思う壺」「工作員扱い」するような強いトーンが主流です。まさに@suzuky
さんが言ってた「煽られてる人」みたいな反応が山ほどついてて、さもありなん…って感じですね(笑)。引用ポストも86件あって、そっちも似た批判が多いです!
分断というか、いろんな意見があって当然。
一枚岩じゃないところが民主主義国家のいいところ。
民族対立の激化で民主主義がもたない場合もあるかもしれないが、日本のこの程度の「多様性」は健全
buvery reposted
インドネシア政府により解散されたイスラム原理主義組織ヒズブタフリールの元幹部ファティ・カリムが、横浜でモスクを建設しイスラム布教を進めている。
— 穂積茂行(Shigeyuki Hozumi) (@shigeyuki696) December 15, 2025
『日本人には答えが必要だ
死後の世界はあるのか?
国民は確実な情報を必要としている。
その答えはコーランの中にある』
いや、ねぇーわ。 pic.twitter.com/TOHu6dNDYq
自分
ヒズブタフリールについておしえて
Grok
ヒズブ・タフリール(Hizb ut-Tahrir、略称HT)は、1953年にパレスチナのイスラム学者タキーユッディーン・アン=ナブハーニーによって設立された国際的な汎イスラーム主義的政治組織です。アラビア語で「解放党」を意味します。主な特徴とイデオロギー禁止状況(2025年現在)多くの国で禁止されており、ドイツ、ロシア、中国、パキスタン、インドネシア、トルコ、英国、バングラデシュ、中央アジア諸国、エジプトなどアラブ諸国(レバノン、イエメン、UAEを除く)で活動が制限されています。日本では禁止されておらず、目立った組織的な活動は確認されていませんが、個別の影響はあり得ます。この組織は論争的で、一部では反ユダヤ主義やテロ支援の疑いがかけられていますが、本体は非暴力を強調しています。詳細は信頼できる情報源(Wikipediaや公式声明)で確認してください。
- 目標: すべてのムスリム国家を統一した単一のイスラーム国家(カリフ制、Khilafah)の再建を目指しています。これを神から課せられた義務とし、シャリーア(イスラーム法)に基づく統治を実現し、最終的に世界全体にイスラームを広めることを掲げています。
- 方法: 公式には非暴力を主張し、武力やテロリズムを否定しています。政治的・思想的な活動(宣伝、議論、集会)を通じて、ムスリム社会の意識を変え、平和的にカリフ制を樹立するとしています。ただし、一部の批判者からは、過激思想の温床やテロへの「コンベヤーベルト」として指摘されることがあります。
- 活動: 小規模な勉強会、メディア活用、集会やデモを行い、50カ国以上で活動。会員数は数万人から100万人程度と推定されます。en.wikipedia.org
Gemini
インドネシアの**国家五原則(パンチャシラ - Pancasila)**は、同国の建国理念であり、国家の基本的な哲学的基盤、イデオロギー、そして統一の原則として機能しています。
「パンチャシラ」という言葉は、サンスクリット語の「パンチャ(Pañca=五)」と「シラ(Sīla=原理・原則)」に由来します。
この五原則は、インドネシアの多様な民族、宗教、文化を結びつけるための共通の土台として、スカルノ初代大統領によって提唱されました。
🇮🇩 国家五原則(パンチャシラ)の内容
原則(シラ) インドネシア語 日本語訳と意味 第1原則 Ketuhanan Yang Maha Esa 唯一神の信仰
(唯一の神を信じ、宗教を重んじる。ただし、これは特定の一宗教への信仰ではなく、国内に存在する様々な宗教の自由を認めることを含む。)
第2原則 Kemanusiaan yang adil dan beradab 公正で文化的な人道主義
(人間として平等であり、公正かつ文明的な態度で互いに接する。)
第3原則 Persatuan Indonesia インドネシアの統一
(多様な民族・文化・宗教を持つ国民が、インドネシアという一つの国家のもとに団結する。)
第4原則 Kerakyatan yang dipimpin oleh hikmat kebijaksanaan dalam permusyawaratan/perwakilan 合議と代議制を通じた英知に導かれる民主主義
(民主的な話し合い(ムシャワラ)を通じて、代表者によって決定がなされる政治体制。)
第5原則 Keadilan sosial bagi seluruh rakyat Indonesia すべてのインドネシア国民のための社会正義
(富や機会の公平な分配を目指し、社会的な平等を追求する。)
意義
ヒズブット・タフリール(HTI)のようなイスラム原理主義組織が解散された背景には、彼らの「シャリアに基づくカリフ制国家樹立」の主張が、上記の第1原則の解釈(特定の宗教ではなく多様な宗教の自由を認める)や、第4原則の民主主義、そして何よりも**第3原則の「インドネシアの統一」**を脅かすと見なされた点があります。
パンチャシラは、多民族・多宗教国家であるインドネシアが国家の統一と多様性を維持するための、最も重要な土台とされています。
日本の場合、表現の自由、言論の自由がわりに認められているから規制は厳しいかもな。
パンダで暮らす人とは?食ったらうまいのか? https://t.co/YdWxClB4gl
— buvery (@buvery2) December 16, 2025
「パンダなんかいらない」と言ってる人たちは、パンダで暮らす人々の損害を補填してくれるんでしょうか。彼らは何も悪いことしてないのに。補償するいわれはない。
室井さんのいうことを聞いておいたほうがいいと思うが・・・室井さんて、情にあつい人なんだね。 https://t.co/dD4SaArfpQ
— buvery (@buvery2) December 16, 2025
— Animal (@wildanimalpis) December 15, 2025
最近はAIで生成された動画なのか、本物の動画なのかよおわからなくなったな。This is really scaryyy and insane😱😱🤯😳 pic.twitter.com/KrLlZZVvy9
— Dami’ Adenuga (@DAMIADENUGA) December 15, 2025
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