2026年8月30日日曜日

高市は終わったな

🌊 要約:Nolan版『オデュッセイア』は“倫理の深み”を失っている

💧 ① Emily Wilson と Kathryn Lawson の批判の核心

Nolanはオデュッセウスを「良心的で罪悪感を抱く現代的ヒーロー」に描いた。しかし、ホメロスのオデュッセウスは暴力に罪悪感を持たない。

ここが重要で、古代の物語は「権力者は自分の残酷さを自覚しない」  という警告になっている。

Lawsonの主張は:

罪悪感を持つオデュッセウスにしてしまうと、“強者は自分の残酷さに気づけば変わる”という幻想を生む。現実はそうではない。

Arendt(アーレント)

古代ギリシャでは暴力は「政治の外」で正当化されることがある。

Nolanはこの古代の倫理観を現代化しすぎて、暴力の本質的な問題を弱めてしまった。

Levinas(レヴィナス)

他者(弱者・異邦人)こそ倫理の源。

ホメロスのオデュッセウスは 他者を“同じもの”として支配しようとする存在。Nolan版はオデュッセウスを「反省する善人」にしてしまい、他者性の問題が消えてしまった。

Weil(ヴェイユ)

権力は「力(force)」として暴走する。止められるのは “奇跡的な介入”(ホメロスでは神の介入)。Nolan版は神をほぼ排除し、“強者が自分で反省して暴力を止める”という甘い構図になっている。

🌊 ③ なぜ Nolan版は倫理的に浅くなるのか?

1) オデュッセウスが「自分の悪を理解する善人」になっている

ホメロスでは、オデュッセウスは残酷でも罪悪感を持たない。だからこそ、“強者は自分の残酷さに気づかない”という警告が成立する。

2) 神の介入が消えている

原典では、最後の暴力を止めるのは アテナの介入。Nolan版は心理描写に寄せすぎて、

“人間だけで暴力を止められる”という幻想になっている。

3) Aeneas(アエネアス)的な英雄像に変質

Damon版オデュッセウスは「苦難に耐える道徳的英雄」。これはホメロスではなく ローマの英雄アエネアスに近い。結果、物語の倫理的鋭さが弱まる。

🌈 水滴まとめ(最短で)

Nolan版はオデュッセウスを“罪悪感を持つ善人”に描いたため、ホメロスが持つ「権力者は自分の残酷さに気づかない」という倫理的警告が消えてしまった。

Arendt・Levinas・Weilの視点から見ると、強者が自分の暴力を自覚して変わるという希望は幻想であり、その幻想を描いたことで映画は倫理的深みを失った  というのが論考の結論だよ。

なるほどね。

映画評論でもここまで書けたら深いな。

 

自分

 ビックマックだと日本のほうがたくさん買えるのに、アイフォンは日本人にとって高価なのはなぜ?

Claude

良い質問です。これは「非貿易財(サービス色の強い商品)」と「貿易財(グローバルに同じ価格戦略で売られる商品)」の違いが大きく関わっています。理由を整理します。

まさに鋭いポイントです。これは経済学で言う**「貿易財」と「非貿易財」の違い**が本質的な理由です。

ビッグマックが安い理由:「非貿易財」だから

ビッグマックはほぼ地産地消の商品です。パンも肉も国内で調達・加工され、店舗の家賃も日本人スタッフの人件費も全部「日本国内の物価・賃金水準」で決まります。日本は長年賃金が上がらず(デフレ〜低インフレが続いた)、家賃や人件費も相対的に安いままだったので、ビッグマックの「原価」自体が安く、価格も安く抑えられています。

実際、2026年のデータでは米国はインフレ加速で価格が急上昇、日本は値上げで追いかける構図となり、2026年は日本480円に対し米国は円換算で963円と、倍率が2.00倍に到達しています。円はドルに対して50.5%過小評価されている計算です。 KashikapediaToshitime

iPhoneが高い理由:「貿易財」だから

iPhoneはグローバルに同じ設計・同じ部品で作られ、Appleが世界共通に近い米ドル建ての価格戦略を持ち、それを為替レートで換算して各国価格を決めています。つまり:

  • ビッグマックの価格には「安い日本の人件費・家賃」が反映される
  • iPhoneの価格には「安い日本の人件費」はほとんど反映されない(日本国内でほぼ何も生産していないので)。反映されるのはむしろ円安という為替の実態そのもの

つまりビッグマック指数が示す「円は本来の価値より50%安く評価されている」という為替の歪みは、非貿易財(ビッグマックなど)では現地の安い人件費に吸収されて見えにくくなりますが、iPhoneのような貿易財では為替の歪みがそのまま価格に跳ね返ってくるわけです。

なるほど・・・・それにしても、ほんまにいい質問だったのかな? AIのお世辞かな?

 

Grok 

標準的なクラウディングアウトの仕組み政府が支出を増やして国債を発行すると、資金需要が増えて金利が上昇し、民間の投資(設備投資など)が抑制される、というものです。これは古典派や新古典派の教科書的な話で、特に完全雇用に近い状況で顕著になります。クラウディングアウトが起きにくい・起きないとされるケース主な条件は以下の通りです:
  • 経済に余剰資源があるとき(不完全雇用・需給ギャップがあるとき
    ケインズ的な見方では、遊休設備や失業が存在する状況では、政府支出が需要を追加しても金利がそれほど上がらず、民間投資を大きく押しのけない(むしろ乗数効果で民間需要も誘発される)とされます。
  • 金融政策が緩和的なとき(金利を抑制しているとき)
    中央銀行が政策金利を低位に保ったり、国債を積極的に買い入れたりしている場合、政府の資金調達が金利上昇を招きにくくなります。日本のように長期間にわたって超低金利・量的緩和が行われている環境では、この効果が特に指摘されます。
  • 流動性の罠(ゼロ金利制約)の状況
    金利がすでに下限付近にあると、追加的な国債発行が金利をさらに上げにくく、クラウディングアウトが弱まる、というのが標準的なニューケインジアンの議論です。
  • 開放経済での調整
    資本移動が自由な場合、金利上昇が為替を通じて調整されることもあり、国内民間投資への直接的な押しのけ効果が緩和されるケースがあります(Mundell-Flemingモデルの議論)。
  • 支出の内容による違い
    インフラや研究開発など、民間の生産性を高める「生産的な政府支出」は、長期的に民間投資をむしろ呼び込む(クラウディングイン)可能性も指摘されます。逆に、非効率な支出は負の影響が強まりやすいです。
実証的な議論実証研究は結果が分かれます。Fölster and Henrekson(2001)のように、政府規模の拡大が長期的な成長率を押し下げるという結果を示すものがある一方で、景気後退期や低金利環境ではクラウディングアウトが限定的、あるいは短期的には乗数効果が大きいとする研究も多くあります。日本の場合は、家計の貯蓄率の高さや日銀の国債保有比率の高さから、「国内での資金のクラウディングアウトは起きにくい」とする見方が積極財政派からよく出されます要するに、「常にクラウディングアウトする」わけでも、「絶対にしない」わけでもなく、経済の状態(需給ギャップ、金利水準、金融政策のスタンス、支出の質)に大きく依存する、というのが現在の標準的な理解に近いです。

議論があるところなんだろうな。 

 

暴力団のバランスオブパワーが崩れたときやばいんだろうな・・・国際社会と似ている。 www

   

  中松義郎 ウィキ 98歳 すばらしい。

陛下が怒った云々は別にして、反省のない高市は終わったな。

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高市は終わったな

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