2026年5月12日火曜日

‘There’s nothing stronger than being vulnerable’

Las Vegas in Blackpool! 同じネタで人々を喜ばせ続けられる、というのは、これはこれですごい。 日本で言うと、(故)ぺぺ桜井さん、ボンボンブラザーズみたいな・・・
‘There’s nothing stronger than being vulnerable’
弱さが強いんじゃなくて自分が弱いことを受け入れること、受け入れた上で助けを求めること・・・などが強さにつながるんだろうな。

   

 たしかにトランプ大統領の尊敬しているのはプーチンや金正恩のような独裁者だな。アメリカの民主主義も危険水域だな。


   


 そもそも大統領を信じていない人が多いんだろうな。


 


ご提示いただいた文章は、「セックスの持続時間と満足度の関係」に関する誤解と実態を解説したものです。

要点を3つのトピックでまとめました。

1. セックスの「理想」と「現実」の長さ

  • 理想の範囲: 専門家や調査によると、満足度が最も高いとされる時間は8〜13分(ゴールドリラックス・ゾーン)です。

  • 実際の平均: 挿入から射精までの時間(IELT)の平均は約5〜8分(中央値は約6分)であり、理想より短いのが現実です。

  • 生物学的背景: オスが外敵に襲われないよう早めに射精を終えるという「生物学的な生存本能」の名残が、現代の人間にも影響しています。

2. 「女性には20分必要」という説の真相

  • 「女性が絶頂に達するには平均20分の性行為が必要」という通説がありますが、これは科学的根拠に乏しい神話である可能性が高いと指摘されています。

  • この数字は、数十年前の古いデータや、前戯の時間のデータが誤って広まったもの、あるいは単なる伝言ゲームの結果であると考えられています。

3. 時間よりも大切なこと

  • 挿入への依存: 調査によると、挿入のみで一貫してオーガズムに達する女性は4人に1人程度です。

  • 満足度の源泉: 満足度は挿入の「時間の長さ」だけで決まるものではありません。挿入前(前戯)や挿入後(後戯)のコミュニケーション、そしてパートナー同士が互いの覚醒パターンを理解し、同調し合うことこそが重要であると結論づけています。


結論として:

「長く持たせなければならない」というプレッシャーは生物学的・統計的な実態とは乖離しており、時間の長さよりも「パートナーとの相互理解や、挿入前後の共有体験」に焦点を当てることが、性的な満足度を高める鍵となります。

科学的根拠が乏しいのは駄目だな。




オーストリアの作家トーマス・ベルンハルトによるこの言葉は、彼の作品全体を貫く「絶望」「完璧主義」「生の不可能性」というテーマを凝縮したものです。

一見すると衝撃的で不謹慎に聞こえるかもしれませんが、その裏には極めて哲学的、かつ切実な論理が隠されています。


言葉の「意味」

この言葉は、単に「死ぬことが素晴らしい」と言っているわけではありません。ベルンハルトにとっての自殺者とは、「この不完全で耐え難い世界に対して、自らの意志で決定的な『NO』を突きつけた、究極の自由意志を持つ存在」を指しています。

  • 生の不完全さへの拒絶: 私たちは妥協し、苦痛に耐え、惰性で生き続けてしまいます。ベルンハルトはそれを「敗北」や「卑怯」と捉えることがあります。

  • 絶対的な主導権: 自分の命を自分の手で終わらせることは、運命や偶然に翻弄される人間にとって、唯一の「能動的な勝利」であるという逆説的なロジックです。

なぜ「自分より優れている」のか(理由)

ベルンハルトが自殺者を自分より「あらゆる面で優れている」と評した理由は、主に以下の3点に集約されます。

1. 妥協を許さない「精神の純粋さ」

ベルンハルトの登場人物(そして彼自身)は、世界の醜さ、言葉の嘘、思考の限界に絶え間なく苦しんでいます。

  • 生き続けること = 汚れ: 生き続けるためには、多かれ少なかれ世界と妥協し、嘘をつかなければなりません。

  • 死 = 純粋: 自殺者はその妥協を拒絶し、自分の理想や絶望に対して100%誠実であったと見なされます。その「徹底ぶり」への敬意です。

2. 「思考の完成」としての死

ベルンハルトにとって「考えること」は、最終的には「行き止まり」に突き当たります。

  • 知性を極限まで突き詰めると、この世の不条理(ナンセンス)にぶち当たります。

  • その結論を頭で理解するだけでなく、自らの身体で実行(自殺)に移した人は、思考を最後までやり遂げた「知的な勇者」に見えるのです。

3. 自己嫌悪の裏返し

ベルンハルトは、生き延びて筆を執り続けている自分自身を、どこかで「中途半端な存在」であると自嘲しています。

  • 「本当に絶望しているなら、なぜ書いているのか? なぜ生きているのか?」という自己矛盾に対し、自殺者はその矛盾を解消した存在として、彼にとっての「聖者」のような立ち位置になります。


補足:ベルンハルトの「笑い」

重要なのは、ベルンハルトがこれらを「大真面目な絶望」と「極端な滑稽さ(ブラックユーモア)」の境界線で語っている点です。

彼は、人間が何かに執着し、極端な思考に陥る様子を一種の喜劇として描きます。この言葉も、あまりに極端すぎるがゆえに、読者に「そこまで言うか」という驚きと、奇妙な解放感(カタルシス)を与えます。

彼にとっての自殺への賛辞は、死の推奨ではなく、「それほどまでにこの世界は、まともな神経では生きがたい場所である」という強烈な社会・人間批評なのです。

 この世も自分も、不条理、不完全だが、にもかかわらず生はそのことを自覚しつつそのまま受け入れて生きることを欲している。
 もっとも、究極の自由意志として、自決を選ぶことはあり得る。
 ただ、個人の自由意思の所業とみえるものでも、その実、それは、生の流れ=運命の仕業かもしれないのだが・・・


 


 観てきた。
  戦争になると人を殺すことが悪いことではなくむしろ上官らに承認される良いことになっていく異常な世界に突入していく。
 戦争でトラウマをもった人々が加害者となり家族を虐待する場合がある。なかには性的虐待される子供たちもいる。その子どもたちがまた、自分の家族に暴力をふるってしまう、という暴力の連鎖。加害者の来歴を追跡し、加害者を理解することで、加害者と距離をおき、また、自分を理解していくというドキュメンタリー 

上記映画に関する記事。

 

加山雄三さんってのはシムプルでいい曲作ったよなあ。

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