🧭 要約:高市早苗氏の政策と評価をめぐる誤解と実像
✅ 1. 移民政策:排外主義ではなく“秩序ある受け入れ”
- 外国人の削減を目指すのではなく、今後増加が見込まれる外国人労働者の受け入れ体制整備が主眼
- 不法滞在者の送還や犯罪者への対応を明記しつつ、日本語教育や福祉制度の整備など、社会統合の支援策も含む
⚠️ 2. 過剰なレッテル貼りへの疑問
- 一部では、彼女を極右(ultraconservative)やファシストと呼ぶ声もあるが、
その評価は実態を反映していない可能性がある- 中国への懐疑的な姿勢は確かに強いが、それはバイデン大統領の対中政策とも共通する部分があり、
必ずしも極右的とは言えない
🌐 3. 外交姿勢:孤立主義ではなく国際協調
- 価値観を共有する国々との連携強化を重視
- ウクライナ支援への明確な支持や、韓国文化への好意的な発言など、
従来の“右派”イメージとは異なる側面も見られる
🛡️ 4. 憲法改正と防衛強化:時代の要請としての動き
- 憲法改正や防衛費増額を主張しているが、
これは日本だけでなく欧州諸国でも進む“現実的な安全保障対応”の一環- 左派とされる石破茂氏や岸田前首相も同様の立場を取っていた
🗳️ 5. 国民の支持理由:変革と保守のバランス
- 有権者は、必要な改革を進めつつ、守るべき日本の価値を保ってくれる存在として彼女を支持
- 日本社会自体がもともと保守的であり、彼女の立場は“右傾化”というより“現状の延長線上”
そこそこの評価
要約:高市政権と“国家主導の経済再編”
高市首相は「進撃の巨人」のセリフを引用し、外国人投資家に大胆な投資を呼びかけた
衆院選で圧勝し、海外からの資金流入が急増
政策の柱は「責任ある積極財政」と「戦略的な国家投資」
→ ナショナルチャンピオン(代表企業)の育成を目指す日本は経済の複雑性では世界トップだが、過当競争とゾンビ企業の多さが成長を妨げてきた
M&Aの活性化や産業再編が進みつつあり、人口減少がその後押しに
世界的に国家主導の産業戦略や再軍備の流れが強まる中、
高市政権は経済ナショナリズムの実験場として注目されている日本は今、制度的な制約を超えて変革を実行できる稀有な立場にあり、
その動向は他国のモデルにもなり得る
期待されている。
ーーーこれからだな・・・・がんばってもらいたい。
・・・・
結論 この投稿にある「暗殺説」や「暴露映像」については、映画のミステリアスな内容と、タイミングの悪い死が結びついた都市伝説である可能性が極めて高いと言えます。ガセか。
「まじ」です。怒りの感情が体に及ぼす影響は、単なる気分の問題ではなく、**「生物学的な攻撃」**に近いインパクトがあります。・・・「怒りを抑える」のもまたリスク?ここで少しトリッキーなのが、「怒りをただ我慢して押し殺す」のも体に悪いという点です。ポイント:重要なのは「怒らないこと」ではなく、怒りのエネルギーをどう**「処理(アンガーマネジメント)」**するかです。まとめ:怒りは「心」より先に「体」を壊すこの投稿が言うように、怒りを管理することは**「究極のセルフケア」**と言えます。短期的: 免疫力がガクンと落ちる。長期的: 心臓や血管にダメージが蓄積する。「あ、今自分イラついてるな」と客観的に気づくだけでも、脳の理性的部分(前頭葉)が働いて、ストレスホルモンの暴走を抑えられると言われています。
気づきだな。
ベッツィ・グランシュ博士(Dr. Betsy Grunch)が言及しているこの主張は、現代の老年学および運動生理学において科学的に非常に妥当性が高いものです。
彼女が参照しているのは、主に2018年に European Heart Journal に掲載された大規模な研究(Werner et al.)などの知見に基づいていると考えられます。
1. テロメアとテロメラーゼとは?
まず、主張の核となる専門用語を整理します。
テロメア(Telomeres): 染色体の末端にある「キャップ」のような構造です。細胞分裂のたびに短くなり、一定の短さになると細胞は寿命(細胞老化)を迎えます。いわば**「細胞の寿命のタイマー」**です。
テロメラーゼ(Telomerase): 短くなったテロメアを修復・伸長させる働きを持つ酵素です。
2. 研究で証明されたこと
研究では、被験者を「持久力トレーニング(ランニング)」「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」「筋力トレーニング(レジスタンス運動)」のグループに分け、6ヶ月間の変化を追跡しました。
運動の種類 テロメラーゼの活性 テロメアの長さ 持久力(有酸素) 有意に上昇 有意に伸長 HIIT 有意に上昇 有意に伸長 筋力トレ 変化なし 変化なし 3. なぜ「抗老化」と言えるのか?
この研究の特筆すべき点は、単に「老化を遅らせる」だけでなく、テロメラーゼを活性化させることで**「テロメアを伸長させる(時計の針を少し戻す)」**可能性を示唆したことです。
一酸化窒素(NO)の影響: 有酸素運動やHIITは血管内皮細胞に働きかけ、一酸化窒素の放出を促します。これが免疫細胞内のテロメラーゼ活性を高めるスイッチになると考えられています。
筋トレは無意味なのか?: 筋トレにテロメア伸長効果が見られなかったからといって、老化防止に無益なわけではありません。筋トレはサルコペニア(筋肉減少症)予防に不可欠ですが、「細胞レベルの老化(テロメア)」に関しては有酸素系運動がより直接的な恩恵をもたらすという区別が必要です。
Hitomi passed away three and a half years ago. I consider myself lucky that we were able to find each other again, after so many years apart. We always said it was fate that we boarded that ferry. If we had a choice, we would have married much earlier. For 40 years, I could never take my eyes off her. She was always the most beautiful woman in the room.幸せな人生だったね。
💔 要約:愛と女性の“自己消失”をめぐるソルニットの問い
社会は女性に「愛すること=尽くすこと」と教え、
愛が“奉仕・自己犠牲・沈黙”へとすり替わる構造を生み出しているその結果、女性は罪悪感・疲弊・孤独・自己喪失を抱えやすくなる
ソルニットは、女性が“他者のために存在する”よう訓練されてきた歴史を指摘
→ 幼少期から「優しさ・我慢・気配り」が称賛され、
自分の欲求よりも他人のニーズを優先するようになる多くの異性愛関係では、感情労働が女性に偏っている
→ 関係の維持、記念日の管理、感情の調整などを担うのは主に女性これは必ずしも暴力的な関係ではなく、“安定して見える”結婚の中でも起きている
→ しかし、女性は「自分の願いが主役にならない」ことに静かな痛みや孤独を感じるソルニットは、女性が声・野心・怒りを手放さずに関係性を築くことを提案
→ それは対立を生むかもしれないが、尊厳あるつながりを可能にするbell hooks も「愛とは相互的な成長であり、支配ではない」と説く
→ 真の愛には両者のケア・責任・尊重・信頼が必要で、自己消失の余地はない
声・野心・怒りを捨てないことも大事だが、しかし、愛が“奉仕・自己犠牲・沈黙”の側面もあるのもたしかだろうな。
夫婦の場合相互ということになろうが、介護の場合、一方通行ということも多い。
そういえば、「ケアの倫理」で有名な小川公代さんの「ゆっくり歩く」 が図書館から予約待ちでようやくまわってきた。
なかなかの良書
西田幾多郎のところは唐突で意味不明だったが、それ意外は知的で面白いし、泣ける部分もある。
以前河合隼雄の本で母権的意識の「待つ」というあり方について、
この世界はそれ自身のリズムをもち、一種の周期性をもっている。母権的意識はそのようなリズムと調和している。自然のリズムとしての昼夜が存在するとき、夜においても白日の光をもたらして、昼夜の別をなくそうとするのが、父権的意識の特徴である。夜も昼と同様に仕事ができ、「能率」をあげることができる。あるいは、人間のもつ生来のリズムをはるかに超えて、早く走り得る補助手段を発明し、人間は短時間のうちに遠くまで行くことができる。父権的意識によって、人間は世界を支配し得るかの如き傲慢に達したとき、思いがけない交通事故などが生じ、人々は運命を呪うことになる。このような運命に対して、母権的意識は親和性が高く、呪うよりも受け容れることを知っている。受け容れて待つとき、運命は反転し、また幸運ももたらされるのである。それは「待つ」ことを知る点において、最大の威力を発揮する。父権的意識は待つことが不得意である。それは戦い、克服しようとする。母権的意識は戦わずに待つのである。たとい、どれほど悪いことが続いても、耐えて待つのである。運命というものに、人間は立ち向かうことなど出来ないのである。ノイマンは次のように述べている。
煮焚きやパン焼き、料理といった当初からの女性の密儀においては、熱することや煮ること、ものの形や質が変わることは、つねに待たれるべき時の経過と切り離せない。
母権的意識の自我はじっと待つことに慣れている、時が来たるまで、経過が落着を告げるまで、月の果実が丸く満月を成すに至るまで……すなわち無意識から認識が生まれてくるまで、待つのである(p316 昔話と日本人の心 河合隼雄)
読んだときえらく感動した覚えがあった。おれに足りないのは待つというあり方だな、と。
被介護者にあわせて「ゆっくり歩く」というのも「待つ」というあり方の一つだろう。
「待つ」ことをもっと鍛錬しないとだめだな。
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